2017/11/18

開かれた心で、ありのままであるということ

今日は、ウィリアム・ポール・ヤングさんのトークYouTubeを紹介したいと思います。


  「性的虐待を受けた宣教師の子」 Paul Young Part1

  


  「全ての秘密を明かす時」 Paul Young Part2

  


ウィリアム・ポール・ヤングさんは、『神の小屋』の著者であり、その著作は映画化もされています。

その映画は『アメイジング・ジャーニー』というタイトルで上映されて、最近日本でも話題になったばかりの映画です。

私も、その映画は気になっていて、知ってはいたのですが、いざその映画を観に行こうと思ったら、福岡では上映がすでに終了していたということもあり、観ることが出来ませんでした。

ですので、原作の『神の小屋』をこれから取り寄せて読もうと思っているところです。


なにせ、ウィリアム・ポール・ヤングさんのトークYouTubeを観て思ったのは、見事なまでに「自我」というものについて的確に語られているということです。

また、彼自身の体験を通しての「癒しのプロセス」について語られているところはじつに興味深いと思いました。

それによって、自分の内側と向き合っていくことがどれだけ重要かも感じましたし、そして「癒し」というものの重要性をあらためて思い直した次第です。


「彼は幼少の頃に性的虐待を受けていた」ということもありますが、それは、なんら他人事ではありません。

というのも、わたしたちはだれもが、心の中に少なからずや大なり小なり、程度の差はあれ、トラウマ(心の傷)というものを抱えているからです。

そう、だれもがみんな、自分を護るためにいくつもの仮面(ペルソナ)を被っています。

ただそれが自分の人生に支障をきたしているか?きたしていないか?の違いだけです。

あなたが、心にトラウマ(心の傷)などないとしたなら、あなたはすでに幸せを感じて生きています。

もし、そうだとしたなら、あなたは神(父)の愛をいつも受け取っているはずだからです。

そう、幸せを感じて生きてはいないとしたなら、癒されるべきトラウマを抱えているということです。

ただ、わたしたちはその自覚がありません。

わたしたちは、ほとんどの場合、自分はそれほどのトラウマ(心の傷)は抱えてはいない、と思っています。

自覚がないからこそ、それは心の奥底の無意識に追いやられてしまっているということです。

でも、たとえ無意識の奥底に追いやったつもりでいても、それは自分の外側の人生に投影として反映されていきます。

そして、それを知覚しているのがこの世界だと言えます。


この世界で起きていることは、すべて心の現れです。

もっと言えば、自分が作り上げたドラマです。

そこから解放されるためには、自分を護るために作り上げた「自我」を明るみにしていくことが必要です。


ウィリアム・ポール・ヤングさんは、神のもとで秘密を明るみにしていくこと、隠しておきたい心(の闇の部分)をあらわにしていくこと、が大事だと言います。

そして、「癒し」とはそういうものだと。


わたしたちは、癒されるために、ここに生きていると言っても過言ではありません。

というのも、開かれた心で、ありのままであるとき、わたしたちは、神に愛されていることを思い出すことが出来ます。


神は、あなたが向き合おうとしない心の闇の扉の向こうで、あなたを待っています。


もし、自分の人生が行き詰ったと感じているのなら、あるいは人生に苦痛を感じているのなら、今こそが、内側の奥底に追いやっていた闇の部分(心の傷)が癒されるときにあるということです。


もし、自分はもっと癒しが必要だと感じているなら、もっと自己の内面と対峙して心を癒していきたいと感じているなら、今が自分の人生と向き合う時期だと感じたなら、心理カウンセリングや心理セラピーの助けを借りることを私からもお薦めします。


興味のある方は、下記のウィリアム・ポール・ヤングさんのトークをぜひご覧ください。


・「性的虐待を受けた宣教師の子」 Paul Young Part1

  https://www.youtube.com/watch?v=ZjLRSnxIPn4&t=8s


・「全ての秘密を明かす時」 Paul Young Part2

  https://www.youtube.com/watch?v=1eEJJURJ_ko&t=1s


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■イベント情報■


ACIMシェア会 in 福岡

 2017年11月19日(日) 13:30~16:30

 いよいよ明日となりました。参加をご希望の方はまだ間に合います。詳細はこちら


・1day ACIMシェア会 in 横浜

 2018年1月8日(月・祝) 10:00~17:00

 来年の年明けに関東での開催が決定しました。12月上旬に告知予定です。


2017/11/17

夢見る者

わたしたちは、この「世界」についてどのように捉えているかというと、「この世界は、この自分がこの世に生まれてくる前から存在していた」とそう想って生きています。


そして、「この自分が死んでこの世を去っても、この世界はその後も存在し続ける」とも想っていますし、そう考えるのが、当たり前のことのように想っています。


それというのも、わたしたちは、誰かが死んでもこの世界は相も変わらず存続し続けているのを見て、「当然この自分が死んだその後も世界は在り続けるだろう」という考えになるわけです。


そういう考えこそが自我のトリックだと、コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)の中のジーザス(イエス)は云います。


この世界は、自分が見ている夢にしかすぎません。

この世界は、自分がこの世に生まれてくるときに同時に自分が作り出した夢(幻想)です。

この身体が生じたときに、一緒にこの世界も生じたということです。

父も、母も、兄も、姉もこの世界の人々もすべてのものも、そのときに一緒に作り出したのです。

ゆえに、自分がこの世を去るときには、この世界も含めてそれらすべても無になるということです。

そう、もともと何も無かった「無」に帰するだけと。

自分が知覚しているこの夢の中では、すべての人たちが自分の見ている夢の中の登場人物であり、すべての状況が自分の見ている夢の中の出来事だとジーザスは云います。

また、コース(奇跡講座/奇跡のコース)では、そのことを「Dreamer of the Dream(夢見る者)」という言葉で表現しています。


そのような考え方は、まるで狂気のようにも思えますが、たしかにこの「世界」と呼んでいるものは、自分が主観的に見ている世界であり、それは、自分だけのオリジナル世界であり、つまり、自分だけのドラマをこの世界で体験しているだけと言うことが出来ます。

そして、それをわたしたちは「人生」と呼んでいるということです。

ということは、人生とは、かたち(形態)がちがうだけで、そのドラマの中身(内容)は、人や状況や出来事を変えて同じドラマの体験を繰り返しているだけというふうにも捉えられます。


コースを実践しているのならば、そのような視点で日々の日常を過ごされるのをお薦めします。


「世界それ自体が無である。」

世界は存在しない!これがコースが教えようとしている中心概念である。」

ー『奇跡講座』ワークブック レッスン132 よりー


「自分は、もともとあったこの世界に自分は生まれてきて、つかの間の人生を生きて、そして死んで去っていく存在である」という自己概念の考えを疑うことから、この世界から解放され自由になるヒントがある、とジーザスは云っています。


自分の見ているこの「世界」を疑いつつ、『奇跡講座』ワークブックのレッスン132をどうぞ読んでみてください。

「世界」についての考えが変わるとき、この「自分」の概念も大きく変わることでしょう。


Lesson 132
I loose the world from all I thought it was.
これまで自分がこの世界はこうだと思い込んでいたすべてから、私はこの世界を解き放つ。


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2017/11/15

手ぶらで帰る

わが家に帰るときには、手ぶらで帰ることがわかっているのに、この自分は、手ぶらになることをひどく恐れています。


そう、この自分は、手ぶらになること、つまり、何も持たないことを恐れています。


お金、家族、愛する人、仕事、地位、名声、役割、知識すらも、、、この身体も、、、所有しているものを手放すことを恐れています。


この自分は、所有しているものを手放すのをひどく恐れています。

たとえ、所有しようとするそれら一切すべてがこの自分を真に幸せにしてくれるものではないことをわかっていても、それらを手放したくないと想っています。


それは、神を求めているのに、神ではないものを大事にしようとしているということです。

それは、父(神)に保護してもらうことを、そして、父(神)に養ってもらうことを、自ら拒否しているということです。


そう、わが家に帰るときには、手ぶらになることがわかっているのに、この自分は、手ぶらになることをひどく恐れています。


それは、わが家に帰ることをひどく恐れているということです。

それは、わが家に帰りたくないということです。


まずは、わが家に帰ることを拒んでいる自分がいるということを自覚すること。


その自分を自覚することから、わが家への歩みは前進しはじめるのだと言えます。


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2017/11/15

もりGプライベートセッションのご案内

現在提供中のセッションの料金は,、ドネーション制 となっております。


もりGが提供しているセッションは、「心理セラピーセッション」と「ACIMセッション」の二つつのコースに分かれております。


心理セラピーセッションは、カウンセリングと心理セラピー(インナーインクワイアリー・ワーク)によって内側を見ていくことで、無意識の感情、記憶、想念、信念などを整理しながら絡まった心を解きほぐしていきます。

癒しは、あなたに赦しと解放をもたらし、心はより自由な視野へと広がっていくことになるでしょう。


ACIMセッションは、ACIM学習者ならびに教師たちに向けたセッションです。

意識の方向転換(思考の逆転)と知覚の訂正を促していきます。

キリストのビジョンを分かち合う場として、また学びの場としても活用していただけます。


セッションでは、自ら意欲的に自己の内側をあらわにする(オープンマインドにする)気持ちが必要です。

その意欲さえあれば十分です。


心の平安を本気で求めている方、自分はもっと癒しが必要だと感じている方、自分の内面をもっと整理していきたいと思っている方は、ぜひセッションをお薦めします。


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2017/11/14

ドネーション制について

私が提供するセッションがドネーション制(寄付制)になって、もうすぐで半年になります。


それは、私自身にとっては赦しの実践として、そして、神への献身として聖霊に仕えていくことを目的にはじまりました。


セッションの料金をドネーション制にしたことで、これまでみえなかったものがいろいろ見えて来たり、気づかされたりして、とても学びになっているという感覚があります。

何よりも、ドネーション制にして想うのは、このスタイルこそがもっとも自然なかたちなんだなと気づかされたことです。

自然なかたちとはどういうことかというと、「神の摂理に則っている」ということです。

それは、完全に聖霊にゆだねられており、コントロールの余地がないということ。

私は、ただただ「赦し」とともに、聖霊に仕えていくだけだという想いです。


私が提供するセッションがドネーション制になったいきさつにはいくつかの理由があります。

その大きな理由としましては、単純に、聖霊の促しと導きがあったからです。

はじめはドネーションにすることにとても躊躇がありました。

でも、私の心の準備が出来たそのタイミングで私は聖霊の導き(意志)に合意したということです。

もちろん、そこには自分の人生を放棄してすべてを神に明け渡していくという決断も必要でした。

そして、それは聖霊への信頼がなければ、とうてい決断できるものではありません。


ただもう一つ言えるのは、私は、以前からずっと、ビジネス、ひいてはこの世界のマネーゲームから自由になりたいという想いを抱いていたということもあります。

なので、その想いが願望として叶ったのだと言うことも出来ます。


わたしたちは、人生の時間のほとんどをマネーゲームに費やしているといえます。

わたしたちが求めている本当の幸せはそこにはないということを頭ではわかっているのに、そこに自分を幸せにしてくれるものがあるはずと信じ込んで、この世界を生きています。

そう、わたしたちは神よりもそういうものに信頼、価値を置いているということです。

ドネーション制にした理由に、そのことも大きく関係あります。

ドネーション制には、この私自身にとっても、セッションを受ける側の人にとっても、その意味合いが大きく反映されたものだといえます。


私の個人的な気持ちとしては、セッションを受けたいと思った方々にとって経済的なものの理由でセッションを躊躇して欲しくないという想いもあって、料金制を廃止してドネーション制にしたというのもあります。

幸せを心から求めている方々にとって、それはオープンに開かれたものでなければならないと。

なおさら、神や真理を求めている方にとっては、それは制約されることなくもたらされなければならないと思うのです。


それは、神への奉仕というものにもつながるものでもあります。

この今となっては、私が心理セラピストをしているのは、神への献身、と言ってもいいです。

きれいごとに聞こえるかもしれませんが、この私にとってそのほうがしっくりきますし、何よりも、「与えることは受け取ること」という実践的な道だというふうに受け止めています。

そして、それによってたしかに私の内側には平安がもたらされているのは事実です。


この自分がこれまで培ってきた心理セラピストとしてのスキルと経験が、この身体を通して聖霊に使われていくことを私は心から願っています。

それと同時に、セッションは、この私にとって往古の瞬間に戻っていく作業であり、神の記憶を思い出すためのものでもあります。

この道を歩んでいる私にとって、自分の目の前に現われる人はキリスト(救世主)以外の何ものでもありません。

セッションを通して対峙する相手は、自分自身でもあり、神の子でもあります。


そのような気持ちで、私はセッションに臨んでいますことをご理解いただけたらと思います。

みなさま方の志(こころざし)に感謝しています。

ありがとうございます。


これからもどうぞよろしくお願いします。


2017年11月14日

もりG


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