2017/07/20

幸せな夢にシフトする

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コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)は、

夢であるこの世界から目覚めて神のみもとに帰ることを目的としていますが、

コースを学んでいくにつれて、そのプロセスにおいて、

自分の見ている夢(世界)がどんどん幸せなものにシフトしていくことにもなります。


そのことにちなんで自分自身について顧みたとき、

たしかに私の夢は、より幸せな夢へとたどっていることに気づかされます。


ただ、それは形態(かたち)のレベルで言っているのではないということです。


そう、私の心は、平安の中により長く留まるようになっていっています。

心が惑わされ動揺することもほとんど無くなってきています。

さらにいえば、真理(神)を求める気持ちはより強くなっていっていくばかりです。

そして、その道を実践していくための環境が完璧なまでに整えられていることにも、

あらためて気づかされます。

そう、それは私が心の奥で一番に望んでいることだったということを自覚するのです。


一般的に「幸せなもの(夢)にシフトする」という場合、

ついこの世的な成功とか、経済的な裕福とか、あっちこっち好きなところに行けるようになる、

といったようなことをイメージしがちなものです。


でも、そうではありません。

それは、形態(かたち)ではないということです。

もちろん、そういうこともあるかもしれませんが、

幸せというものを見た目の形態にこだわっているならば、

「今すでにすべてを与えられている」ということを知覚することが出来ません。


この今も、わたしたちはすでに与えられています。神の恩恵を受け取っています。


そこには、感謝があります。

どんな状況であろうとも、そのことを受け入れていくことが、

奇跡のはじまりであり、幸せな夢にシフトしていく秘訣だと言えると思います。


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■イベント情報■

もりG心理セラピー公開セッションin福岡 

2017/8/6(日) 10:00〜12:00


ACIM学習会(お話会)in福岡 

2017/8/6(日) 13:30〜16:30


参加者募集中。詳しくは、こちらをご覧ください。


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2017/07/19

幻想を真理へと運ぶ

真理をこの世界に持ち込むことがいかに不可能なことか。

そして、なんと無意味なことか。


真理を幻想のこの世界に持ち込むのではなく、幻想を真理のもとへと運んでいくこと。


今さらながら、ようやくその意味を深く理解する今日この頃です。

さらにいえば、かつての自分は真理をこの世界に持ち込もうとしていたことにすら気づきます。

なにせ、スピリチュアリズムや宗教においてはよくあることです。


天使、龍、宇宙人、高次の存在、チャクラ、オーラ、エネルギー、量子、陰陽、過去世、、、

言葉や概念を駆使して真理を伝えようとすることも、

それらはたんにシンボル(象徴)にしかすぎません。

それらのシンボルが「目覚め」のプロセスにおいて役に立つことはあるかもしれませんが、

それらはすべてが幻想の中だけに存在するものであり、つまりは、「無」でしかありません。


それらのあらゆる幻想すべてを「無」と見て、

真理のもとへと運んでいくことが「赦し」だといえます。

そして、それがわたしたちがしていくことだと言うことができます。


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2017/07/18

目覚めのシナリオ

「すべてはシナリオが書かれている」という言い方がされています。


ならば、目覚めることもシナリオで決まっているのでは?と言うこともできます。


でも、デイヴィッド・ホフマイスター(『覚醒へのレッスン』の著者)は、こう言います。


「エンライトメントは、シナリオの中にはない。それはシナリオの外にあるのであり、

つまりは、シナリオの外に出ることが目覚めである」と。


自分は、コース(奇跡講座/奇跡のコース)を学んで、

以前よりはずいぶんと楽になった、

ずいぶんと心が平安になった、

ずいぶんと目覚めてきた、、、などと言っても、

その自分とは、まだシナリオの中にいるのであって目覚めてはいないのだということです。


シナリオとは時間の中のものであって、

目覚めへと近づいていくシナリオは書かれていても、

目覚めはシナリオの中にはないということです。


それは、時間というシナリオの中にいるかぎり、

いつかそのうちに目覚めるということはないことを意味します。


つまるところ、

「いま」この瞬間に、真理(目覚め)を求めるその意志がやはり大事なのだといえます。


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2017/07/17

時間のはじまりの地点へ

自分は、直線状に流れている時間の中で、

未来に向かって生きていると信じ込んでいたことに気づきます。


真理をゴールと決めている心にとっては、

その時間のベクトルが反転していることを認識せねばなりません。


未来とは、表層の形態においてそう見えているだけで、

過去が取り消されていくためにこの“いま”に立ち現れているにしかすぎません。


それは、まるで時間のはじまった地点へと遡っていっているだけのことだということです。


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2017/07/16

自分の思考の力を思い出す

コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)では、

どんな嫌なこと、不満なことであっても、

どんなに自分のせいで起こったことではないと思うことであっても、

自分の世界で起きていることはすべて「自分の責任」であると、語られています。


そんなことはない、と言いたがるのがエゴ(自我)です。

そして、わたしたちの日常のすべてと言っていいほど、そのエゴでこの世界を見ています。


でも、もし、その真理をまっすぐに受け入れるならば、

わたしたちは、自分自身の思考の力を取り戻すことになります。

なぜなら、自分の世界で起きていることはすべて「自分の責任」であるならば、

自分で訂正し直すことが可能だということだからです。


わたしたちは、この世界で起きていることの被害者ではありません。

自分の世界で起きていることは、すべて自分の求めた通りのものであるということです。

それは、自分の思考にはそれだけの力があるという意味でもあります。


もう、被害者である必要はありません。

被害者であることから自由になることが目覚めというものであり、

その方法を、コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)では箇所箇所に示してくれています。

その中でもっともご紹介したい箇所が、

奇跡講座(奇跡のコース)テキスト第21章  21-2 「見ることに対する責任」です。

興味のある方は、ご覧ください。


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<奇跡講座(奇跡のコース)テキスト第21章  21-2 「見ることに対する責任」より>


これから述べることが、心眼や幸福や、苦痛から解放されて罪からの完全な脱出のために、

あなたがなすべき唯一の事です。


ただ、次のように言いなさい。


なぜなら、ここにこそ救済の力があるからです。



私が見ているものについての責任は、私自身にあります。


私が経験する感情を選択するのは私自身であり、

私が達成したいゴールを決めるのも私自身です。


そして、自分の身に起こるように見えるすべては、

私が求めて、求めた通りに受け取るものです。



自分に対してなされることを前にして自分は無力であると、

これ以上自分自身を騙すのはやめなさい。


自分が間違っていただけだと認めなさい。


そうすれば、あなたの間違いの結果は、すべて消え去るでしょう。



神の子が、ただ自らの外で起こる出来事によってつき動かされているということは、

あり得ません。


その人に訪れる出来事が、その人による選択ではなかったということは、あり得ません。


その人の決断の力は、偶然性や思いがけないことによって

自分が居合わせたかのように見える状況のすべてを決定するものです。


神が創造した宇宙の中には、いかなる偶発性や偶然性もあり得ず、

その外には何も存在しません。


苦しむとすれば、あなたは罪を自分のゴールと決めたのです。


幸せであるならば、自分のために神を選ぶ選択をしてくれる聖霊に決断の力を譲ったのです。


これが、あなたが聖霊に差し出す小さな贈り物で、

聖霊はこれさえもあなたが自分自身に与えることができるようにと、聖霊はあなたに与えます。


この贈り物によって、あなたに自ら救済者を解放する力が与えられ、

それによってその人があなたに救済を与えることが出来るようになるからです。


ー奇跡講座(奇跡のコース)テキスト第21章  21-2 「見ることに対する責任」より抜粋ー


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