2018/08/26

だれかが見ている夢

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今日は、朝の瞑想が終わってから妙な感覚です。

この世界は自分が見ている夢だと想っていたのですが、
瞑想中に、ふと、この(世界の)夢はいったいだれが見ているのだろう?
という想いを抱いた瞬間から、
その夢を見ている「自分」がいないといいましょうか、
言葉にすると難しいのですが、
まるで見知らぬだれかが、
「私(もりG)が主人公の夢」をもりGの知覚を通して見ているという感覚です。

もはや、もりGがすること、為すこと、考えていること、
そのすべてがまるで他人事のように感じられるのです。

このブログ記事を書いているこの「今」もそれはただ起きているという感覚で、
それが、じつに面白いです。笑

この感覚はいったいなんなのだろう?
と自らの内に問いかけると、

一歩下がって、聖霊にゆだねる

というインスピレーションがやってきたので、
なんとなく腑に落ちる感覚があり、
しばらくこの感覚で過ごすことを心がけて、これを日常的にしようと思った次第です。

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2018/08/04

あたりまえっちゃあたりまえですけど

最近、自分で気づくのは、
内側と外側がほぼ同時だということです。

「外側は、心(内側)の反映である」
と言いますが、そこにほぼ時間差がないといいますか、ほぼ同時、一緒、といった感じです。

心の中の状態が、外側で目に見えるかたちでみせられる(わかる)のです。

そういう意味で、分かりやすいと言えば分かりやすいです。

「内側と外側が連動(リンク/シンクロ)している」
ということが明らか過ぎるくらい同時です。
そう一緒なのです。

言い過ぎかもしれませんが、
わざわざ内側をみなくとも外側にみえるじゃん、とさえ想ったりします。笑

もう、「シンクロニシティ」なんてあたりまえ状態。

聖霊の視点からみるならば、
シンクロニシティなんてあたりまっちゃあたりまえなんですけど、
ここまでそれをみせられると、
もう、そこらじゅうに聖霊が臨在しているのを認めざるを得ません。

それは、この道をそのまま歩んでいけばいいのだと知らせてくれているようで、
なによりもありがたい「道しるべ」だなと、聖霊に感謝したくなる今日この頃です。

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2018/06/17

流転し続けていくこの旅路

6月16日をもちまして、福岡でのセッション活動を終えました。

ジーニー時代から活動してきたその流れもこれで完了したのだと思うと、
少なからずや感慨深いものがあります。

それは私にとって次なるフェイズ(段階)の新たなはじまりだとも捉えています。

この時間と空間の世界では、すべてが移ろい変わりながら流転していくものであり、
その流れに私はただゆだねていくほかないのだと思う今日この頃です。

わたしたちは、人生の選択を自分で決断しているように思っていますが、
それは自我の錯覚にしかすぎません。
自分自身の思考も含めて、行動も、そのすべてがただ神の計画通りに運ばれているのです。

わたしたちは、自分のみている世界の中で、
ある一つの目的のためにただ導かれているにしかすぎないのです。

そのことを受け入れてこの世界を生きはじめるとき、
そこにはたった一つの道だけが与えられていると気づきます。
そして、その道こそが確実な道なのだということにも気づかされます。

ときに、それはまるで自由を奪われていくようにさえ見えます。
自我からの視点で見るならば、そういうふうに見えてしまいます。
なぜなら、道はそのたった一つの方向しかないのですから。
でも、本当は、その道こそが真の自由への道なのだということがわかります。

自由とは何か?

と言うならば、それは求めるものでも勝ち取るものでなく、
もともと本来がそうであったのだとただ思い出していくだけなのだと気づきます。

コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)のなかでイエスは、
「 時間とは、時間から自由になっていくための手段である」 と言います。

自分の人生というものがそのように見えはじめてきている私にとって、
その感覚は、私の中でこれからもっともっと確信へとなっていくでしょう。
またそれは、この世界でご縁のある方々へと延長していくことでしょう。 

今後どのような活動をしていくのかは定かではありませんが、
セッションはまた再開する予定です。
それだけでなくセッション以外の活動も新たに展開されていく予感がしていまして、
むしろ、そちらの方が主体になっていくであろうと思われます。

ただただ大いなるちからにゆだねていくならば、
沖縄に活動拠点を移すことになったその理由がそのうちわかってくるのだと思います。

ということで、セッションの再開は引っ越してからになります。
それまではしばらくの間、セッション活動を含めてすべての活動を休止させていただきます。

これまでご縁をいただいた方々に心から感謝します。

そして、これから訪れる新たなご縁を楽しんで待ち望んでいたいと思います。
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■お知らせ■


プライベートセッション休止のお知らせ

 沖縄移転につき、プライベートセッションは、しばらく休止させていただます。


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2018/06/13

他者のいない世界

外側に見えるもの(知覚するもの)はすべて、
それを見ている自分の心(無意識)の中に隠されているものが外側に反映されているだけです。

最近のニュースを見て、そのすべてがまさに自分とは無関係ではないという感覚になります。

誰かを傷つけたかった、神を傷つけたかった、自分を傷つけたかった、、、
その挙句さんざん傷つけられて、傷ついてきたのは、まさにこの自分だと。

パパ、ママ、こめんなさい、ゆるしてください、もうちゃんとしますから、、、
そうやってがんばっても報われずに被害者になり続けてきたのも、この自分。

がんばってゆるしを乞うているそんな自分をゆるせずに、
そんな自分に対して虐待をし続けてきたのも、この自分。

それらをみて、傷ついてきた部分の自分は、ただ理由のない悲しみを感じます。

でも気づくのは、それらを通して自分の中で癒しが起きているということです。

片や一方では、
いまにも戦いが起き兼ねなかった対立した国どうしが、
それまでがまるで嘘だったかのように和解していく、、、
それは、まさにいま自分の心の中で起きているのだとわかります。

平和へと向かうのを見ている自分は、喜びを感じています。

(外側の)世界と自分(の内側)がまるで隔たりがなくなってきているように感じてきていて、
そこにはもはや他者がいません。

そんなふうに自分の知覚が以前とはちがったふうに見えてきている今日この頃です。

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2018/06/11

一旦終止符を打つ

沖縄への引っ越しを前にして、福岡でのセッション活動も今週までとなりました。

いよいよ福岡のセッションルームも今週末(6月15日)で閉鎖となります。
それに伴って、セッション活動もしばらく休止することになります。

福岡を離れるにあたって、
 願わくばセッションの休止まえに、もう一度お会いできればと思った方々もいました。
それでお会いできた方もおられれば、お会いできなかった方もおられます。

だとしても、わたしたちは必要なタイミングで必要な人と出会っているだけです。
すべては神の計画のもとに聖霊の計らいでご縁をいただいているにすぎません。

そのことを受け入れて残りの今週を過ごしたいと思っています。

ちなみに、「セッションを終了する」という言葉の表現でアナウンスをしましたので、
「もうセッションはしないのですか?」というお問い合せを何件かいただきました。

そのことについて正確に申しますと、「休止」というほうが的確なのかもしれません。
ようするに、セッションは続けていくであろうということです。

ただ、私個人的に言えば、ある一つの大きな節目だと感じていまして、
これまで携えてきたものすべてを手放すという意味も込めて
今回の活動拠点の移転を機に「終了」という言葉で表現させていただいたという次第です。

それは、大いなるちから(聖霊)にゆだねる(明け渡す)ということであり、
将来のことや今後のセッションにつきましても、そういうことです。

一般的にいえば、活動拠点をただ福岡から沖縄に移転するだけのことだといえますが、
私自身にとりましては、これまで自ら携えてきたキャリアに一旦終止符を打つ、
というような気持ちでいるということです。

ジーニーで活動していた時期からも含めまして、
この福岡という地を活動拠点にいろいろな方々とご縁をいただきました。
それらのご縁がいま完了のときを迎え、そして新たなご縁がまたはじまっていくのでしょう。

みなさまとのこのご縁に心から感謝するとともに、
残りの福岡での活動を悔いなくまっとうしようと思う次第です。

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