2019/01/08

今年から動画発信していきます

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2019年という新たな年が明けましたね。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

年末年始のご挨拶をしなきゃ、とは思いつつも、
気づいたら、今年も一週間が経っていて今頃になってしまいました。

忙しくてブログを書く時間がなかったということではなく、
ただたんにブログを書く気にならなかったということなんです。

とくに今年は、新年早々に元旦と先日の1月6日に2回にわたって
「ACIMウェブシェア会」でみなさんと分かち合うことができまして、
十分に満足したところがあるのかもしれません、ということにしておきたいと思います。笑

さて、みなさんにうれしいお知らせです。

今年になって開催した二つの「ACIMウェブシェア会」の録画動画を
参加者皆さんのご了承のもとにYouTubeにて一般公開しておりますので、
興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。

今年は動画というかたちで、もっと発信していけたらと思っています。

みなさん、応援の程よろしくお願いします。



・第18回もりGさん、香港さんといっしょ!ACIMウェブシェア会-1

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2018/12/22

そこにはだれもいなくて一つの聖霊がいるだけ

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近所の海岸にて香港さんともりGさん↑

3days沖縄リトリートでは、
とても濃く充実した楽しいあっという間の3日間を一緒に過ごさせていただきました。
ご参加いただいた方々に心から感謝します。

3days沖縄リトリートで共に過ごした香港さん空禾さんゆきさんが、
それぞれのブログで感想を書かれているので、興味のある方はどうぞご覧ください。

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私自身におきましては、3days沖縄リトリートを終えてからというもの、
また新たな気づきへと至っております。

3days沖縄リトリートでは、自分の心の中のあらゆる自我を
まさに目の前にいる兄弟を通して浮き彫りにさせられたような気がします。

そこには他人など存在するわけでもなく、すべてが自分の心の中をみているのであり、
あからさまな自我から巧妙な自我まで、
両極にわたる自我をみせられていたことに気づかされたのです。

そして、今朝、私は赦しを試みました。
静かになって聖霊に祈りながらその両極の自我を直視したとき、
ハッとある気づきが起こったのです。

その自我の向こう側に聖霊(キリスト)がいる!と気づかされたのです。

すべての自我の向こうに同じ一つの聖霊がいたのです。

その聖霊の視点(ヴィジョン)でみるとき、
もはや目に映ってみえる自我に序列というものなどなく、
そのすべてが同じだということがわかったのです。

そこにはたった一つの聖霊がただいるだけで、そこにはだれもいなかったのだと。

いろんな自我があるようにみえていたけれど、
どれ一つとっても違い(差異)もなければ序列もないんだなって。
そこには聖霊がいる(在る)だけなんだなって。

なぜ、自我を直視(正視)する必要があるのか?
その意味をまた深く理解した瞬間でした。

そして、それは兄弟を通してこそ学べた(気づけた)のだと実感するのです。
兄弟なしではけっしてあり得なかっただろうと思うのです。

兄弟と過ごすリトリートっていいですね。笑

またのリトリートが楽しみです。

そして、聖霊だけをみていく世界っていいなぁって、そう思うとともに、
それを強く意図していこうと願うのでした。

「聖霊よ!私はただあなただけをみていきます。」

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2018/11/19

香港さんといっしょにパームチャーチにて

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きのうは、香港さんも交えて、パームチャーチにて「沖縄ACIM勉強会」を開催しました。

ちなみに、香港さんを知ったのは、今年の8月頃だったか、9月頃だったか、
コースを一緒に学んでいる方から「こんな人がいるよ」と教えてもらったのがきっかけでした。

実際に彼のブログを読んでみたら、とても興味深かったといいましょうか、
心のプロセスにおいてまるでこの自分とシンクロ(同調)している気がしたといいましょうか、
彼の書く記事を読むたびにインスピレーションがもたらされる感覚があって、
それから私も香港さんのブログ「香港さんといっしょ!」を愛読するようになったのでした。

その2、3か月後には、こうしてここ沖縄パームチャーチに香港さんがいらして、
沖縄ACIM勉強会で一緒に学んでいることが、しかもそれが当たり前のような感じがして、
なんだか不思議な感覚でした。

勉強会の前日は、私(もりG)としても珍しいのですが、
香港さんとカミさん(妻)と3人でビールとワインで、いろいろと語り合っていたら、
気づけば深夜2時になっていたほどでした。

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きのうの沖縄ACIM勉強会では、
香港さん以外にも、今年の3月にお会いした以来だったKさんのご参加があり、
そのお二方にそれぞれの体験をシェアしていただいて、
コースの形而上学の深いところのお話が聞けたりなんかして、
なかなかの内容の濃いACIM勉強会で、私自身にも学びがあり本当に楽しいひとときでした。
それは、まるで神の教師たちの勉強会のようにも思えました。

そして、こういうのをもっともっと欲している自分にも気づきました。

そう、私が想ったのは、
兄弟たちと接していくというのは、やっぱり、この自分にとっても大きな学びがあるなぁって。

というのも、今年7月に沖縄に引っ越して来てからというもの、
ここ数カ月のあいだ、この私の暮らしというものは、まるで隠居のような状態で、(笑)
あまり兄弟と接することの少ない日々を過ごしているわけで、
そんな暮らしの中でいくらコース漬けの日々といったところで、
やっぱりそれだけではなかなか学びは進まないなと気づくのです。

むしろ、コースはそういうものではないと。(そういう時期が必要なときもありますが)

コースというものは、兄弟との関りの中で、兄弟を通して学んでいく道だと思うのです。

兄弟なしでは、やっぱりこの道はあり得ないと、そんなことに気づくのです。

もっともっと学びを進めていきたい、、、
そういうことであれば、もっともっと多くの兄弟たちに出会っていきたい、、、
という欲望(願望)が自分の内側から静かに湧き起って来るのでした。

一方で、きっとこれからいろんな兄弟たちと出会っていくんだろうなとも予感します。

自分の心の中で、そういう願望が湧き起こって来たということは、
きっとそうなっていくのだと思います。

もっと兄弟たちと関わっていこう、というその衝動は、
自分の意志でありながら、自分の意志でないものに動かされている、、、そんな気もします。

兄弟たちと関わっていく、マイティコンパニオン(力強い仲間)と歩んでいく、
その準備が整った、あるいは、その(学びの)段階になった、ということなのかもしれません。

そのために、このパームチャーチは与えられているのだと思いますし、
そして、そういった方々に必要とされていくのだと思います。

そして、そういう方々がこの「沖縄・パームチャーチ」に来られるのだろうなと。

準備はOKです。

ということは、これから出会うであろう兄弟たちもその準備が整ったということです。

ご縁ある兄弟たちへ。
これから出会うであろう兄弟たちへ。
わたしであるあなたへ。
このパームチャーチでお会いできるときを楽しみしています。
ぜひ、このパームチャーチにお越しいただけたらと思います。
いよいよこれからそのために始動していこうと思っておりますので、
ご期待してくださるとともに、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

Palm Church 主宰
もりG

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2018/10/27

もっともっと聖性に触れたいから

きのう、「Palm Church」にて、オアシムの仲間たちで沖縄ACIM勉強会をしました。

私にとって、そのひとときは聖性に触れているような時間でした。

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私は、ときどき、ある瞬間、”ふっ”と聖性に触れる瞬間を感じるときがあります。

そこに聖霊(ホーリースピリット)がいる感覚といいましょうか。

神に愛されているという感覚。

ハート(胸のあたり)がふわっと温かい喜びを感じる瞬間。

そこにはもはや他者などいるわけでもなく、ただ愛があるだけ。

それは、まさに聖性(全体性、一体性)に触れている瞬間。

それはまるで、聖霊はここにいて、どこにでも聖霊をみている(感じている)、
時空を超えたところで聖霊とともにいる感覚と言えばいいのでしょうか。

それは、聖なる瞬間、でもあります。

ふと、よくよく考えてみると、
そんなふうに聖性に触れている瞬間とは、きまって兄弟たちといるときだと気づきます。

もちろん、真の赦しをしているときもそんな瞬間はありますが、
兄弟といるときのほうが、聖性に触れやすい感じがあります。

しかも、いろんな兄弟がいたほうが多面的にその聖性に触れることが出来るのです。

その聖性に触れていることによって、
きっとすべての兄弟、自分の見ている世界の隅々までに、愛が波及しているのだと思います。笑

そう思ったとき、
もっともっといろんな兄弟と会って聖性に触れていきたいと欲求している自分に気づきます。

自分の中でなにかが変化しているのを感じます。

そうなんです。

コースを通してもっと仲間兄弟たちと会っていくためにその機会をつくっていきたいなと、
そういう想いにかられ始めている今日この頃です。

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沖縄の海の色は感動するくらいホント美しいです

2018/10/25

ジャーニーからインスタントへ

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以前と比べたら、ずいぶんと心が平安な時間が増えたなぁって気づきます。

だからといって、まったく心が動揺しないわけではありません。

それは、平安な時間の割合が増えたというだけで、
その自分は、真の自己(神の子/キリスト)とはまったく関係ないわけで、
このいまも時間と空間の分離の夢を見続けているということです。

そうなんです。
この時間の中でスピリチュアル・ジャーニーを続けていることには変わりないということです。

とはいえ、最近の自分は、心の平安が標準(当たり前)になってきているといいましょうか、
常々が平安なので、心が動揺したときにはすぐに自我に気づけるようになってきています。

そしてそのたびに、いまこの瞬間に立ちかえって赦しをしていく、という感じです。

赦しは、この自分を「いま」というこの瞬間へと向かわせているように思います。

それは、聖なる瞬間でもあり、
そのとき、そこに平安がありますし、そこにしか平安はないと気づきます。

言い換えれば、
赦しは、「いまここ(今この瞬間)」に立ちかえらせてくれる手段だと言うことができます。

過去から未来へと時間が流れていると知覚している自分(自我)にとっては、
この道をスピリチュアル・ジャーニー(霊性の旅)だと捉えているのに対して、
一瞬一瞬を聖なる瞬間に捧げていくことがこの道だと捉えている自分もいて、
なんだか不思議な感覚になります。

時間の旅(スピリチュアル・ジャーニー)をしているようで、
じつは、自分の生きてきた過去なんてものは無くて、一切がたんなる夢であって、
もちろん未来などあるわけでもなく、どこへ向かうでもなく、
いまこの瞬間(インスタント)へと向かっていくだけなんだなって。

ジャーニー(旅)からインスタント(この瞬間)へ。

それこそ、「ア・コース・イン・ミラクルズ」は、
スピリチュアル・ジャーニーを終わらせる道なのだとあらためて腑に落ちる次第です。

それは、時間の終わりへと向かわせてくれる道であると同時に、
時間のはじまりへと帰っていく道だというふうに実感しています。

そういう意味においては、この旅もずいぶんと遠くまで来たんだなぁって思います。

そして、残されたこれからの人生という名の時間の旅は、
この時間の旅を終わらせるために与えられている時間だと捉えている今日この頃です。

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