2017/03/18

『ア・コース・イン・ミラクルズ』の取り扱い説明

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『ア・コース・イン・ミラクルズ』を学習するにあたっては、

人それぞれのタイミングがあるように思います。


その準備が整っていない心において、

いくら『ア・コース・イン・ミラクルズ』に取り掛かっても、けっして続くことはありません。

『ア・コース・イン・ミラクルズ』の学習をやっていてもしっくりこないのならば、

無理にその学びをする必要はないと思います。

もし、そうであるならば、

他の興味があるものやワクワクすることやしたいことをした方がいいと思います。


自分が『ア・コース・イン・ミラクルズ』を学習するその準備が整っているか?どうか?は、

その時が来たら自分自身でわかるものです。


私ごとでいえば、2008年にこの本に出合ってその学びをしていたものの、

その途上で約4年間の間、『ア・コース・イン・ミラクルズ』から離れていた時期があります。

その4年間、自分は、やっぱり必要な経験をしていたのだろうと思います。

それらの経験を経て、私は、今ここにいるのだと思います。

もはやスピリチュアルの探究というものに興味が湧かなくなったことからもそう言えます。


私は、このタイミングで『ア・コース・イン・ミラクルズ』に戻ってきたのも、

それを学ぶのは今じゃないとならなかった、と気づきます。

自分でも、『ア・コース・イン・ミラクルズ』から離れた4年間は、

本格的に実践していくための心や環境を整えるために必要な期間だったように思えるのです。

正直に言えば、まだその当時は、

エゴの自分で『ア・コース・イン・ミラクルズ』を解釈していました。

そう、あの頃はまだ私の心も環境もその準備が整っていなかったと今ではそう思えます。


何が云いたいのかというと、

『ア・コース・イン・ミラクルズ』以外に他に興味のあるスピチュアルがあるならば、

そっちを優先した方がいいということです。

なぜなら、『ア・コース・イン・ミラクルズ』を学習するにおいて必ずくじけます。

なによりもまず、『ア・コース・イン・ミラクルズ』の内容が理解できないと思います。

受け入れられない、受け入れたくない、という抵抗が起きるからです。

エゴにとっては、学習することがあきらめ、喪失、犠牲、放棄でしかありませんから、

苦悩するだけです。

人生をより良いものにすることを目的にしたものを求めた方がいいということです。


『ア・コース・イン・ミラクルズ』は、その準備が整った時に、取り組むものだと思います。

その時は、その人にとって必要なタイミングでやって来るし、

ひょっとしたら二度とやって来ることもないかもしれません。


『ア・コース・イン・ミラクルズ』は、そういうものだと言うことができる思います。


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2017/02/10

もしあなたが、この世界が妄想だと気づいたらどうなる

もしあなたが、この世界が妄想だと気づいたらどうなるでしょう。

もしあなたが、この世界は自分がでっちあげたものだと本当に理解できたらどうなるでしょう。

もしあなたが、自分のでっちあげた世界の中を歩き回って、

罪を犯して死んだり、攻撃して殺したり、自分自身を破滅させたりするように見える者たちが

まったく実在しないと悟ったらどうなるでしょう。

もしあなたが、この世界が自分ででっちあげた妄想でしかないということを受け入れたなら、

あなたは自分の見ているものを信頼できるでしょうか。

それでも、あなたは自分のでっちあげた妄想の世界を見たいというのでしょうか。


ー『ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡のコース)』テキストよりー 


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2017/01/10

エゴの手口を知る

そもそもがわたしたちは、自分で自分を欺いているのです。

そういう意味では、だれもが天才的な詐欺師だと言うことができるといえます。

だれを騙すも何も、自分で自分を見事なまでに騙しきっているのです。

そうでなかったら、この世界で、この身体で、このように人間としていないのです。

その実相たるや、わたしたちが知覚し、認識しているものとは全く以ってちがうのですから。


この世界は、心の勘違いで成り立っている世界だということです。

なぜならば、心の勘違いというものがなければ、そもそも世界なんてものは無いのですから。

この世界は、勘違いした心が見ている夢みたいなものです。

その真実が暴かれないように巧妙な仕掛けで自分を騙しているのが、自我(エゴ)です。


さて、話は変わりまして、

巷では、振込み詐欺やインターネットによる金銭を狙う詐欺の手口が、

ますます巧妙になってきているようです。

それは、けっして他人事で片づけるようなものではありません。

そもそも心とは、そんなふうにいとも簡単に騙されるものであるといえます。

自分はそんなことはない!とあなどってはいけません。

わたしたちは、すでに勘違いの世界、錯覚の世界にいることすら、

まったくもって気付いていないのですから。


自分の心を互いに投影し合って、騙し合っているのが、この世界です。

まさに、この世界は、人間の集合意識の勘違いと錯覚で成り立っている世界だといえましょう。

そのようにして、自らを巧妙に騙しながら、

永遠なる時間の中でマインドゲーム(心遊び)を続けているのが、エゴ(自我)です。


こう言ってはなんですが、詐欺なんぞは、

わたしたちのその心が、そのまま投影された象徴(シンボル)だと言えましょう。


そのような詐欺の手口に引っかからないためにも、騙されないためにも、

そのあらゆる手口を情報として知っておくことが重要な対策になるといえます。

なぜなら、その手口を知っておくことで、

いざというときに、心が動揺させられることもなければ、

心が惑わされ騙されることがないどころか、笑ってあしらうことが出来るのです。


そう、エゴ(自我)に騙されないように、

エゴの手口を知ることは、とても有益だということです。

エゴは、とても巧妙です。

初めに申しましたように、エゴは天才的な詐欺師です。

だからこそ、エゴについて知る必要があるのだということです。


そして、エゴ(自我)について心理的なところから詳しく述べてあるのが、

『A Course in Miracles (奇跡のコース)』のテキストだといえます。


それは、けっしてエゴを敵に回して、エゴと戦うのとはちがいます。

そうではなく、それがエゴの巧妙な手口だとわかれば、

それに気づいた時点で、もうエゴを相手にする必要がなくなるのです。

笑ってあしらうことだって出来るのです。


詐欺の手口に引っかからないように。

エゴの手口に引っかからないように。

そのどちらも、心におけるトリックによって騙されているだけです。

心理的に動揺させることが彼らのやり口なのです。

そのために、心を訓練、熟達、マスターしていく必要があるのだということです。


この世の何ものにも惑わされることのない完全なる平安をマスターするために。


『A Course in Miracles (奇跡のコース)』とは、

まさに、そういうものだということが出来ると思います。


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2016/12/27

放蕩息子

放蕩息子。

それは、私の物語であり、あなたの物語でもあります。

しかも、実相からみるならば、その物語はすでに終わっています。

ただし、この時間の世界の中にいるあなたはその旅の途上にいるがゆえ、

わが家へ帰ることを選択する必要があります。

いつそれを選択するか?

それは、あなたの自由意思にゆだねられています。



ある人に息子がふたりあった。

弟が父に言った。

「おとうさん、わたしの財産の分け前をください」

それで父は財産を二人に分けてやった。

それから幾日も立たないうちに、弟は何もかもまとめて遠い国に旅立った。

そしてそこで放蕩して財産を湯水のように使ってしまった。

何もかも使い果たしたあとで、その国に大飢饉が起こり、彼は食べるにも困り始めた。

それで、ある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、ブタの世話をさせた。

彼はブタの食べるイナゴ豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。

しかしわれに返ったとき、彼はこう言った。

「父のところには、パンのあり余っている雇い人が大勢いるではないか。それなのにわたしはここで飢え死にしそうだ!立って、父のところへ行って、こう言おう。『おとうさん、わたしは天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もうわたしはあなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』」

こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。

ところがまだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走りよって彼を抱き、口づけした。

息子は言った。

「おとうさん、わたしは天に対して罪を犯し、あなたの前に罪を犯しました。もうわたしはあなたの子と呼ばれる資格はありません」

ところが父親はしもべたちに言った。

「急いでいちばん良い着物を持ってきて、この子に着せなさい。それから手に指輪をはめさせ、足に靴をはかせなさい。肥えた小牛を引いてきて、ほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は死んでいたのが生き返り、いなくなったのが見つかったのだから」

そして彼らは祝宴を始めた。


ー『放蕩息子』の物語よりー


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2016/12/25

恐れることなど何もない

恐れることなど何もない。

この考えは、シンプルに事実を述べているだけです。

幻想を信じている者たちにとっては、

この考えは事実ではないということになりますが、

幻想は事実ではないのです。

本当に、恐れることは何もないのです。


ー『奇跡のコース ワークブック』よりー


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