2018/01/12

undoing ~観念の浄化ワーク

以前にもまして、自分の思考(想念)に注意深くなっている私がいます。


自分の思考をよくよく眺めてみると、自分のことをどれだけ卑小な存在だと捉えていたかが分かります。

卑小さゆえに、欠乏感を感じ、それゆえ何かを得て満たされようとする必要性にかられるその自分に気づいたりします。

たしかに、そこには、落胆、失望、絶望しかありません。

自分は、たぶん、それを何千生も何万生も繰り返してきたのだと思います。


とはいえ、その卑小さは、自分が選択した体験です。

それは、自分が作り出したドラマです。

それを自分で望んだということです。

だからこそ、自分でその思考(想念)を一つ一つ見つけ出して、そして聖霊に取り消して(undoing)もらう必要があるのだと気づくのです。


そう、それは、観念の浄化(クリアリング)ワークだと思っていいと思います。


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2017/11/25

ジャーナリングで「自分との対話」、セルフ・カウンセリング

何かに迷ったり、混乱しているとき 、カウンセラーやセラピストの助けを借りるという方法もありますが、自分一人でできるやり方がありますので、みなさんにご紹介しようと思います。


それが、「ジャーナリング」と呼ばれるものです。


ジャーナリングとは、自分の心に思い浮かんできたことをそのままノートにき書き出す、というものです。

ジャーナリングは、書いている時も、書き終わった時も、心が整理され、軽くなっていくという効果があります。

自分の内側を整理する方法として、私もとても有効だと感じています。


ジャーナリングは、セルフ・カウンセリングと言うこともできると思います。


ジャーナリングのやり方としては人の数ほどあります。

その中でも特に私がお薦めするのが、自分のネガティブな部分にフォーカスしていくやり方です。

自分自身のことで、誰にも知られたくないと思っている部分に光を当てていくやり方をご紹介します。


けっして人には言えない内容で、すぐにでも捨ててしまいたいと思う内容であれば、紙に書いて、すぐに捨てて頂いても結構です。

むしろ、書き捨てるつもりで、どんどん心の中のものを吐き出すつもりでやるといいと思います。


ハートで感じていることを書き出していくのですが、目的は、「書き出すこと」ではなく、「ハートで感じていることをあらわにする」ことに意味があるということです。


自分に話しかけるように書いてもいいですし、感じたことをそのまま書くのでも、どんなカタチでも構いません。

自然と思い浮かんできたことを書き出すようにして下さい。

むしろ、書きなぐる、と云ったほうがいいかもしれません。

そこには、感情的なことも書きなぐります。

不安や心配事があるのなら、そのまま不安や心配の言葉を、イライラしていたら、そのイライラをそのまま書き出して下さい。

そのとき、「感情の解放」が起きるとともに、「癒し」も起きますし、「気づき」も起きていきます。


また、それは「自分への告白」といったものになることもあります。

自分の中に隠し事をなくすのです。

それは、他の誰かに打ち明ける必要もありません。

自分自身に対して、素直に、まっすぐに、自分の中に隠し事をしないように書き出すのです。


それは、まるで「自分との本音の対話」のようですらあります。


「自分の内側と向き合う」「自分の心に寄り添う」という心の訓練(トレーニング)になります。

ですので、ジャーナリングは私からもとてもオススメです。


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2017/11/18

開かれた心で、ありのままであるということ

今日は、ウィリアム・ポール・ヤングさんのトークYouTubeを紹介したいと思います。


  「性的虐待を受けた宣教師の子」 Paul Young Part1

  


  「全ての秘密を明かす時」 Paul Young Part2

  


ウィリアム・ポール・ヤングさんは、『神の小屋』の著者であり、その著作は映画化もされています。

その映画は『アメイジング・ジャーニー』というタイトルで上映されて、最近日本でも話題になったばかりの映画です。

私も、その映画は気になっていて、知ってはいたのですが、いざその映画を観に行こうと思ったら、福岡では上映がすでに終了していたということもあり、観ることが出来ませんでした。

ですので、原作の『神の小屋』をこれから取り寄せて読もうと思っているところです。


なにせ、ウィリアム・ポール・ヤングさんのトークYouTubeを観て思ったのは、見事なまでに「自我」というものについて的確に語られているということです。

また、彼自身の体験を通しての「癒しのプロセス」について語られているところはじつに興味深いと思いました。

それによって、自分の内側と向き合っていくことがどれだけ重要かも感じましたし、そして「癒し」というものの重要性をあらためて思い直した次第です。


「彼は幼少の頃に性的虐待を受けていた」ということもありますが、それは、なんら他人事ではありません。

というのも、わたしたちはだれもが、心の中に少なからずや大なり小なり、程度の差はあれ、トラウマ(心の傷)というものを抱えているからです。

そう、だれもがみんな、自分を護るためにいくつもの仮面(ペルソナ)を被っています。

ただそれが自分の人生に支障をきたしているか?きたしていないか?の違いだけです。

あなたが、心にトラウマ(心の傷)などないとしたなら、あなたはすでに幸せを感じて生きています。

もし、そうだとしたなら、あなたは神(父)の愛をいつも受け取っているはずだからです。

そう、幸せを感じて生きてはいないとしたなら、癒されるべきトラウマを抱えているということです。

ただ、わたしたちはその自覚がありません。

わたしたちは、ほとんどの場合、自分はそれほどのトラウマ(心の傷)は抱えてはいない、と思っています。

自覚がないからこそ、それは心の奥底の無意識に追いやられてしまっているということです。

でも、たとえ無意識の奥底に追いやったつもりでいても、それは自分の外側の人生に投影として反映されていきます。

そして、それを知覚しているのがこの世界だと言えます。


この世界で起きていることは、すべて心の現れです。

もっと言えば、自分が作り上げたドラマです。

そこから解放されるためには、自分を護るために作り上げた「自我」を明るみにしていくことが必要です。


ウィリアム・ポール・ヤングさんは、神のもとで秘密を明るみにしていくこと、隠しておきたい心(の闇の部分)をあらわにしていくこと、が大事だと言います。

そして、「癒し」とはそういうものだと。


わたしたちは、癒されるために、ここに生きていると言っても過言ではありません。

というのも、開かれた心で、ありのままであるとき、わたしたちは、神に愛されていることを思い出すことが出来ます。


神は、あなたが向き合おうとしない心の闇の扉の向こうで、あなたを待っています。


もし、自分の人生が行き詰ったと感じているのなら、あるいは人生に苦痛を感じているのなら、今こそが、内側の奥底に追いやっていた闇の部分(心の傷)が癒されるときにあるということです。


もし、自分はもっと癒しが必要だと感じているなら、もっと自己の内面と対峙して心を癒していきたいと感じているなら、今が自分の人生と向き合う時期だと感じたなら、心理カウンセリングや心理セラピーの助けを借りることを私からもお薦めします。


興味のある方は、下記のウィリアム・ポール・ヤングさんのトークをぜひご覧ください。


・「性的虐待を受けた宣教師の子」 Paul Young Part1

  https://www.youtube.com/watch?v=ZjLRSnxIPn4&t=8s


・「全ての秘密を明かす時」 Paul Young Part2

  https://www.youtube.com/watch?v=1eEJJURJ_ko&t=1s


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2017/11/01

自分の心の中を覗けば

この分離した世界は、どこまで行っても二元性の世界です。

それは、どこまで行ってもこの世界には自分が求めている幸せはないことを意味します。

それでも、この世界に自分を幸せにしてくるものがあると思い込んでいます。

この世界の幸せは、所詮、すべて一時的な代替品でしかないと分かっていても、です。

いくら頭ではそうだとわかっていても、わたしたちの心の働きは、ついつい、この世界に幸せにしてくれるものがあるという想いにかられてしまうのです。


その原因は、わたしたちの無意識にあります。


私が提供するセッションでは、自分の心の中の無意識にアクセスしていくわけですが、なにせ、ワークをやってみると自分でも想いもよらない想念や信念を抱えているということがわかってきます。

そのワークを私は「インナーインクワイアリー(内観ワーク)」と呼んでいます。

それは、自分の心の中を調べ上げていくことをするわけです。


すると、以前の記事『愛への抵抗の終焉 』でも書きましたように、そこにはまるで天邪鬼(あまのじゃく)な自分がいることが明確になります。

天邪鬼(あまのじゃく)な自分とは、「神のもとに帰りたくない自分」、「真理を思い出したくない自分」、「神の愛を拒否したい自分」のことです。

その自分を、自我、とも呼びます。

そして、じつはその自分(自我)こそが、この世界を作り出している張本人でもあるのです。

投影というトリックを使って、外側に投影することでこの世界を存続させることが可能になるというわけです。


コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)の道を歩む者は、とくに、この天邪鬼な自分(自我)がいることをわきまえておく必要があります。

「神のもとに帰りたい、でも、まだ帰りたくない」とか、「この世界を終わりにしたい、でも、まだ終わりたくない」という相反する分裂した想いが同時に存在していることを知っておかねばなりません。

なぜなら、そのことを自覚することなしに神のもとに帰ろうとすることは葛藤を生むだけであり、時間を先延ばしにするだけでなく、この人生が自分自身と戦うことに費やされることになるからです。

それゆえ、その自分(自我)を見つけ出して(意識化して)いくことが必要なのだといえます。


自我は自分と同一化することで、無意識に隠されています。

そして、その無意識に隠された自我は、意識化されるために外側に投影されます。

それが、この世界で行われていることであり、自分がこの世界で繰り返していることなのです。

しかも、永遠とも呼べる終わりなき時間の中でそれは繰り返されているのです。

それを「輪廻」と呼んでいます。


その「輪廻」から抜け出るために自分の内側を内観することが如何に重要かを知ってください。

たとえ神のもとに帰らなくとも、幸せであるためには、それが必須だということです。

それなしで幸せになることなど不可能だということをどうぞ自覚してください。


無意識を意識化していく。

それはちょうど闇に光を当てていく作業に似ています。

光が当てられると、闇は消滅していきます。

その際に、癒し、気づき、解放が起きていきます。

それを私は、「赦し」と呼んでいます。


内側に意識を向けていくこと。「赦し」は、そこからはじまります。


そこにわたしたちが幸せになる鍵があります。

確実に幸せに至る道がそこにはあります。


私もその道を歩んでいる一人です。


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2017/09/06

インナーインクワイアリー・ワークについて

自分の心の中を見つめていく作業を、「Inner Inquiry (インナー・インクワイアリー/内観)」と呼びます。


もりGが提供するセッションでは、そのインナーインクワイアリー・ワークを行うこともあります。


Inner Inquiry (インナー・インクワイアリー)という言葉について説明しますと、ふつう、Inner Inquiry を日本語では、スピリチュアル用語として「内的探究」と訳されています。


ただ、私から言わせてもらうと「探究」という言葉は、何かとりとめのないものを探すような意味合いをイメージしがちで、あまり、しっくりとする日本語訳とは思えません。


どちらかと言いますと、Inner Inquiryのワーク(作業)は、自分の無意識の心の中を「調べ上げる」といった感じに近いと言えます。

普段はまったく意識していない心の中の領域に目を向けることをしていくということです。


なので、Inner Inquiry (インナー・インクワイアリー)を日本語で表現するとしたら、「内観」という言葉の方がピッタリと来るように感じます。


だた、「内観」と言いましても、無意識の中を掘り下げていくその深さは「真我(神意識、普遍意識)」に到達するまでアクセスしていきますので、通常の内観とはまるでちがうものだということを実感していただけたらと思います。


いわゆる、Inner Inquiry (インナー・インクワイアリー)ワークは、自分の内側を内観しながら、心の中を整理していくものだと捉えていただくといいと思います。

それは、無意識に押し込まれた感情、記憶、思考(想念)、信念などを明るみにしていく作業(ワーク)でもあり、またそれは、ちょうど内側のクリアリング(取り消し)、あるいは、クレンジング(浄化)していく作業というふうに言い換えることが出来ると思います。


また言い換えるなら、無意識の中に押し込めた闇の部分に光を当てていくようなものだと思っていただけたらいいと思います。

闇に光を当てることで、闇は何も無かったかのように止滅していきます。

そのプロセスにおいて、気づき、癒し、赦し、解放(知覚の訂正)といったことが起きていきます。


心が変わるだけでなく、知覚そのものも、より軽やかで穏やかなものへと変容していきます。


自分人生の謎が紐解かれていくとともに、この宇宙の神秘の謎も紐解かれていきます。


それは、あなたにとってのスピリチュアルな旅となることでしょう。


あなたが真摯に自分自身に正直になっていくならば、必ずやあなたは内なるガイドに導かれていくことになります。


それが、私がセッションで行っている「Inner Inquiry (インナー・インクワイアリー)」というものです。


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