2017/03/14

時間を超えたところからみれば

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時間を超えたところからみれば、

この人生で起きていることもすでに起こったことを再生しているにすぎないのだという。


今ここに生きている自分は、これから何が起きていくのかを知らない。

でも、すべてはもうすでに起こったことなのだ。

終わったことなのだ。


そういえば、すでに試合結果を知っているWBC野球のゲームを観ていても、

ついハラハラドキドキしている自分がいたりすることに気づく。


今ここで起きていることとは、そういうことと同じなのだろうと思う。


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2017/03/13

わが家に帰ろう

もう後には戻れない。

だからといって、戻る気もない。


後戻りしたとしても、

いつかまたここに来ることがわかっているから。

それはただの時間の先延ばしにしかすぎないこともわかっているから。


そしてもう、そうする情熱もないこともわかっているから。


もう戻れない。

もう戻らない。

だからこのまま先に行こう。


わが家に帰ろう。

家路へと導いてくれている父のその手をとって、わが家に帰ろう。


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2017/03/12

スピリチュアルというものへの情熱

スピリチュアルに興味がなくなってしまったわけではない。

スピリチュアルというものが自分の中で相対化されたのだと思う。

それは、もはや特別なものではなくなったということ。

今それは生活と共にあり、人生と共にある。

それは生きることそのものとなっている。


とはいえ、それとは裏腹に、

たしかにスピリチュアルというものへの情熱が失せてしまったことは事実である。


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2017/03/08

ジャッジ

人の人生も、自分の人生も、

そして、世の中で起きていることも、

みんな同じパターンのことが起きているのだなと思える。

それは、ただ形態がちがうだけでどれも同じに見えてくる。

きっと、輪廻転生と呼ばれているものは、そういう仕組みなのだと思う。


ただ互いに投影し合っているのがこの世界である。

その誰を見ても、本当はみな自分なのだ。

みんながこの自分となんらちがわないと気づくとき、

そんな人たちをいちいちジャッジする必要もないし、

この自分もどんな生き方したっていいじゃないかとそう思うのである。


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2017/02/24

黙想

キリストは平安の中にいる。


静かに平安の中に佇むとき、そこにキリストがいるのがわかる。


彼はこう告げる。「私はここにいる。ただ私と共にありなさい」と。


そこに平安と歓びがある。そして、強さがある。


こうやってキリストと共にただ真理の訪れる瞬間を待つことが、

この世でのわたしたちの本来の機能なのかもしれない。


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