2017/06/05

聖霊に心を開く

私は、わからない。

私は、なにも分かっちゃいない。


ほんとうはそうなんだと気づきます。


そのことを素直になって受け入れるとき、

自分は無垢になったように感じることが出来ます。


聖霊に教えてください、導いてください、

と、ただ純粋に聖霊に心を開いていくことができるようになります。


自分は一歩退いて聖霊に耳を傾ける気持ちになります。

そして、そこには平和があります。


聖霊と共にみる、精霊と共に在る、とは、そういうことなのだと思います。


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2017/05/29

答えはシンプル

答えは、とてもシンプルです。


それが神の意志であれば、そうなるし、

それが神の意志でなければ、そうはならないだけのこと。


それでも、

神は、私の救済を、そして私の永遠の幸せを望んでおられます。

それが、神の意志だからです。


つまりは、それが神の意志だからこそ、それは確実に成し遂げられるということです。


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2017/05/26

わずかな意欲

この道を歩んでいくにはそのわずかな意欲だけでよくて、

自分でわが家に帰ろうとする必要はないし、

そもそもが自分でわが家に帰り着くことは出来ません。


なぜなら、わが家への帰り道をこの自分が知っているわけではないからです。


神への帰り道を知っているのは、

内なるホーリースピリット(聖霊)であり、

内なるイエス・キリストであり、

内なる神です。


ホーリースピリット(聖霊)と共に、

イエス・キリストと共に、

そして、神と共に、

その手に引かれて、導かれてゆくだけです。


その安らぎと歓びはこの世の何ものにも代えることができません。


彼らと共に歩むこの道こそ、私がずっと探していた道だと気づくのです。


そして、彼らと共に在るこの自分は、

もう二度と、この世界の虚しく孤独な道を歩くことはないと気づくのです。


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<大分県日田市大山にて>


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■イベント情報■
金沢(石川県)にて下記のイベントをいたします。募集を終了しました.

もりG 個人セッション@金沢  2017年6月23日~25日 

もりG お話会@金沢  2017年6月24日(土)13:00~16:00 


2017/05/14

神の安らぎの中で

心穏やかな日々を送っております。

以前と比べたらずいぶんと自分自身が穏やかでいることに気づきます。

内なる神(聖霊)と共にいる時間が増えていることにも気づきます。


私は、20代の頃からずっと真理の探求を続けてきたわけですが、

私が求めていたものとはこの平安だったのかもしれないと気づくのです。


人はだれしもそうですが、かつての私も、

この世のもので、この平安を得ようとしていたのだとわかります。

「この世のもの」とは、たとえば、お金、仕事、人間関係といったものです。

でも、この平安は、この世のなにものですらももたらすことのできないものだとわかります。

人生が、物事が、仕事がうまくいってj充実していた頃もありましたが、

そんな状態のときですらも、思えば、けっして心が安らぐことはありませんでした。

いつも心の隙間には、ふと不安や心配が心をよぎっていたことは否めません。


この世のものや出来事や人間関係といったもので心の平安を求めていた頃と比べると、

いまここにある平安は、まるで比べようがありません。

比にならいほどの確かさと穏やかさだということがわかります。


この世のものを追い求めれば求めるほど、不安は尽きることがなく、

この世のものを手放せば手放すほど、平安がもたらされるとは、

なんとも皮肉なものです。


この世界とはそういう世界だと悟っていくことが、

この世界から目覚めていくということなのだと思います。


そして、それは神の安らぎのなかでこそ成し得られるものだと実感する今日この頃です。


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2017/04/27

聖霊と心を一つに合わせて、ただ平安でいること

私の内側はとても穏やかです。

若干のわくわくした気持ちも感じながら、心静かな平和な日々を過ごしています。


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日々、ACIM(奇跡講座/奇跡のコース)の実践をしながら、

その学びが深まっていくにつれて、

この静けさと穏やかさが確実に定着していっているのがわかります。


心の平安。心の穏やかさ。

ただそれだけがこの学びのゴールであり目的なのだと、あらためて気づかされます。


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一つ一つ、一歩一歩ですが、

確実に自分自身の心がこの世界から解放されていっている、そう実感しています。


とはいえ、この学びはさらにまだまだ続いていきます。

これからもずっと続くのだと覚悟しています。

それは、私がこの世を去るときまで、だと。


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ちなみに、私自身はコースを実践して生きておりますが、

みなさんにもコースをすすめようという想いはありません。


正直、以前はたしかにそういう気持ちもありました。

ただ、コースは、その準備が整った人に向けられたものだと思いますし、

コースの学びが深くなってくると、

そういうことすらも聖霊(神)の手にゆだねていくだけだとわかってきます。

この世界のすべてを手放していくことがこのコースの道であり、

向き合うべき相手は外側の何かではなく、他のだれかでもなく、

自分の内側だけだということがわかってくるからです。

兄弟がコースを学ぼうが、学ばなかろうが、そういうことはむしろどうだっていいのだと。


コースは自学自習の道です。

いつもみていくのはすべての原因である自分の心の方なのです。

たとえ、自分の目の前に目覚めようとはしない兄弟たちをみても、

たとえ、自分の目の前の兄弟がこの二元性の世界であえて苦しんでいるようにみえようとも、

その兄弟たちを咎める必要もなければ、正そうとする必要もない、、、

兄弟たちのありのままをただ受け入れていくことだけが、この道なのです。

もし、兄弟たちのありのままをゆるすことが出来ないのであれば、

それでもやっぱり、私は自分の内側の心をみていくだけのことなのです。


それが、日々の「赦しの実践」であり、

『ア・コース・イン・ミラクルズ』(奇跡講座/奇跡のコース)とは、

まさに、そういうものだといえます。


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聖霊と心を一つに合わせて、ただ平安でいること。


この私が目指しているものはそれだけであり、

本当は、それ以外にこの私がすることはなにも無いのだと知るのです。