2017/02/11

生き死に

人の生き死に、というものは、

なんともろくはかないものであろう。


いうなれば、

人はこの世に生まれたときから、死に向かって生きているようなものである。

人は、その時間を人生と呼ぶ。

その人生も、死を前にするならば、そのすべては過ぎ去った儚き夢である。


はたして、あなたはそんなことのためにこの世界に生まれてきたのだろうか?


あなたはそんなことのためにここに生きているのだろうか?


人生とは、あなたにとって本当にそういうものものなのだろうか?


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2017/02/04

諸法空相

この世界は、無、である。


仏教の般若心経では、それを「空(くう)」という言い方で表現している。

「空(くう)」とは、実体がない、実在しない、という意味である。


たとえば、

夜見る夢の中で、楽しい夢、あるいは、怖い夢を見ていたとする。

そんなとき、何かのきっかけでふと目が覚めたとき、

それまで見ていた夢は消え失せ、夢だった、現実ではなかった、ということがわかる。

それらは実際にはなにも起きていなかったと。


それは、今自分が現実だと信じているこの世界も同様だということである。


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2017/02/01

霊的進化について

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夜見る夢の世界は、なんでもアリだ。


空だって飛ぶことが出来るし、壁だってすり抜けることが出来るし、

テレポーテションだって出来る、いつの時代にだって行くことが出来る、

食べずに生きることだってできるし、超能力なんて当たり前。

龍だって、UFOだって、宇宙人だって、幽霊、天使、悪魔、

天界だって、地獄だって、多次元世界だって、、、

なんだってアリ、、、それが夢の世界というものだ。


すべてがアリなんだと、すべてが可能なんだと。

なぜなら、全部が自分の心が作り出した世界であるからだ。


この世界においても、心(マインド)が開かれていくことで、

そういった何でもアリの世界へと移行していくことが出来る。

それをこの世界では、「霊的進化」「意識進化」「魂の成長」などと呼んでいる。

そして、巷にはそういうスピリチュアリズムがあることもたしかだ。


それらは、たしかにこの時間の中の世界においてあり得ていくであろう。

この世界が存在する限り、それは永遠に続いていくのであろう。


とはいえ、それがどんな世界であろうと、

所詮、自分が知覚する世界は、自分が見ている夢である。

夢は夢、、、すべてはイリュージョン(幻想)だということ。


そう、そのような進化は、永遠からみるならば幻想である。

それらの幻想を見限っていく者にとっては、

それらは、所詮、無意味、無価値、、、つまるところ、無、であるということ。


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2017/01/28

諸行無常

諸行無常。


この世界をよくよく見るならば、

永遠なるものは何一つないことは明らかである。

すべては移ろい変化していくものである。

この世界はそういうものである。

この身体もそういうものである。

ましてや、この自分と思っているそれですらもそうである。


それらに信頼を置いても、

いずれにせよ喪失して、裏切られ、失望させられるのがオチであるにもかかわらず、

それでも、人はそれらを信仰している。


この世界のものを信仰しながら、歓び、平安を得るのは、不可能なことである。

一時的にそれらを得たと思えても、それはまやかしにしかすぎない。

なぜなら、たんに本当に怖れているものを一時的に遠ざけているだけであり、

いつか向き合うべきその時を先延ばしにしているだけであることを、

人は、心の深いところでじつは知っているからだ。


その狂気の沙汰に気づく者は、

そんなこの世界に見切りをつけ、この世界から自由になる道を求めはじめるだろう。

そして、それこそが自分がこの世に生まれてきた目的であることを思い出すだろう。


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2017/01/14

夢の中に夢中になっているかぎり

ドラマや映画は、ハラハラ、ドキドキ、感動といった人の心を動かすために作られています。

心が動かされれば動かされるほど、その物語に夢中になってしまいます。


それは、この世界でも同じです。


ポジティブな感情にしろネガティブな感情にしろ、

心が動かされているということは、

自分が作り出したこの世界に夢中になっているということであり、

この世界を実在するものとして強化しているということになります。


そのようにして、わたしたちは、この世界を現実(リアル)だと思い込んでいます。

実体のない世界を現実としてしまって、この世界にどっぷりとハマってしまっています。

それこそが、まさに、エゴ(自我)の計画どおりだといえます。


そう、それがどんなものであれ心が動揺させられているときは、

それは、自分について、この世界について思い違いをしているのであり、

エゴ(自我)の術中にまんまと騙されているということになります。


まずは、そのことに気づいていくことから、

この世界から完全に自由になる道ははじまるといえます。


結局は、この世界を幻想だと完全に見限らないかぎり、

夢の中味がどんなに変化していこうと夢は夢のまま続くのであり、

この幻想は終わることがないということになります。


つまりは、この世界が、そういうものだということです。


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