2017/10/03

Be Transported 2/2

デイヴィッド・ホフマイスターさんのトーク音声『Be Transported』の翻訳の後半です。


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前回(前半)の続き


実践的にいきましょう。

もし問題が具体的でなければ、~問題は決して具体的なものではありませんが~、そうするとそれは、「すべてが何のためにあるのか?わたしはわかりません」という意味になります。

そして、「自分にとって何が得策なのか?わたしにはわかりません」という意味にもなります。

それでは、そこからどこへいきましょうか?

問題は具体的なものではない、というところから事実上、どこへ向かったらいいでしょうか?

答えは、非常にシンプルです。

それは、ガイダンスです。

ガイダンスを聞くことは、わたしたちに焦点を提示してくれます。

ガイダンスを聞くことは、わたしたちに選択肢を提示してくれます。

「問題は具体的なものではない」とただ聞いて、それでわかりかけたところで、もし問題は(知覚している世界の中の)具体的なものだと信じたくなる誘惑に陥りそうになったらどうするのでしょう。

ガイダンスを聞くということは、心の中で贖罪へ導かれ、それを超えた抽象的な神の実在へと、愛の中へ真理の中へと導かれることを意味しています。

ガイダンスを聞く、ということが答えです。

問題が具体的であるように思われたときでも、またある状況で何かが欠乏しているように知覚したときでもです。

あなたが与えそこなったものが、あなたが欠乏しているものというだけのことが、あなたには見えません。

あなたが、外界において欠乏しているものを知覚するとき、外界に具体的な問題を知覚するとき、ガイダンスが答えです。


助けを求めることを習慣にすることはとても良いことです。

一旦立ち止まり、耳を傾け、「今、なに?」「今、ここで、何が役立つ?」と尋ねることを習慣にすることも良いことです。

どんな具体的な問題にも関わらず、このことがいかに実践的であるかわかりますか。

これが答えです。求めて、聞いて、ガイダンスを受け取るのです。

これが、歪んだ知覚からの脱出方法です。


それでは、次はどうしたらよいでしょうか。

次に何をするかは明らかになります。

コンスタント(習慣的)にガイダンスを受け取ることを求め、耳を傾け、ガイダンスに従うことが、歪んだ知覚から自由になるのに絶対に必要不可欠なことです。

ガイダンスが答えです。

外観上の状況や困難だと知覚するどんなことでも、いつもガイダンスが答えです。

わたしたちが、献身的な人生とか聖霊や神に人生を捧げると言うとき、それは単純に、ガイダンスに従順であろうとする意欲がある、ということを意味します。

聞いて、耳を傾けて、与えられたガイダンスに従順に従うという意欲です。

これは絶対に必要不可欠です。これを避けて通ることはできません。


キリスト教の伝統においての「神に、清貧・貞潔・従順の三つの誓いを立てる」ということを思い出すかもしれません。

これは「従順」の要素です。

「清貧」については、「所有しない」と解釈することができます。

「貞潔」については、「清らかな思考」「清らかな心」と解釈することができます。

どのようにこの「所有しない」とか、素晴らしく「従順」であり、素晴らしく「純潔」であれるかというと、それは聖霊への従順さを通して、耳を傾けることによって、と言えます。

内なる声を聞くということは、すべての自己概念を解放することによって幻想を真理に運ぶという意味なのです。

すべての自己概念、自己として信じられているすべてのイメージ、同一化しているこの世界のいかなるイメージをも明け渡し、幻想を真理に運ぶことで、すべてが解消され消滅します。

これが、『ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡講座)』の要となる教えです。

今日わたしが話していることについて、もしあなたがついてこれていて、どこに向かっているかはっきりと理解できるならば、このままわたしが何を言っているか聞き、そこにとどまってください。

そして、この道をたどる意欲があるならば、あなたはコースを超え、スピリチュアルな旅を超え、すべての段階やステージを超えていくでしょう。

これは時間の問題ではありません。

その意欲はありますか?

どのくらい革命的な教えに従う準備ができていますか?

どのくらい深いレベルまで掘り下げる準備ができていますか?

すべてはこういうことです。


わたしが「所有しない」と言うとき、それは「所有しない心の状態」ということです。

それは、コントロールしない、ということを言っています。

コントロールしないことは可能なのです。

これは、聖霊を信頼することを通してのみ、その状態に近づくことができます。

完全なる聖霊への信頼、神への従属、耳を傾け従うことへ頼ることです。

ときに、わたしは「100%直感で在る」と言い表すこともあります。

「あなたの本性は源から離れていない」と気づくことです。

あなたは神の摂理の中に在る、ということです。

あなたが知覚しているものすべては、この目覚めにおいてあなたに必要なものであり、提供されており、与えられています。

それは、努力することなく、無条件に備えられています。


わたしはあなたに、完璧な神の摂理の体験へと呼びかけています。

すべては非常にシンプルになります。

すべては与えられています。

すべては完璧に与えられています。

欠乏はありません。

この世界が変わる必要は一切ありません。

この世界に間違いは一切ありません。

世界は単純に間違って知覚されているだけで、もうそれは終わりました。

この経験の中では、あなたはこの世界に懸念はないことをみます。

なぜなら、世界はあなの外側にあるのではないし、世界は心の外側にはありません。

あなたが訂正を受け入れたとき、そこにはもう問題はありません。

そして、これまでも何も問題はなかったとわかるでしょう。

かまうことは何もありません。

心配もありません。

神の愛の中でくつろぎましょう。


アーメン


ーデイヴィッド・ホフマイスターのトーク音声『Be Transported 』よりー


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2017/10/02

Be Transported 1/2

デイヴィッド・ホフマイスターさんのトーク音声『Be Transported』の翻訳です。


デイヴィッドは、自分の人生に起こるすべての問題は、知覚の問題だと言います。

わたしたちが問題と見るとき、知覚が歪んでいるがゆえに問題として見えているだけで、訂正すべきは自分の知覚の方であり、自分の心の方であると言います。


すべてのことが、あらゆるものが、同じ、に見えるまで。

それが「分離」が消滅するときであり、そこが、わたしたちが唯一の目的としているところだということをあらためて認識させられます。


デイヴィッドの言葉は、とても深淵です。

それと同時に、彼の言葉は、私の心をワクワクさせてくれます。


今回と次回の2回に分けて、『Be Transported』の翻訳をシェアしたいと思います。

興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。


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<Be Transported>


今日は、「運ばれる(Be Transported)」というタイトルで話していきましょう。

「引き上げられる」「上昇する(アセンド)」とも言います。

この世界を知覚している人間としての日々の普通の状態を超えて、聖霊が差し出す赦された世界、真の知覚、幸せな夢の景色へと引き上げられ、上昇しましょう。

幸せな夢へと運ばれましょう。

平常通り、シンプルに愛情あふれる心の状態で。

いつものように、この対話は、愛の臨在の認識への障害を取り除く、というところから始めます。

赦しのシンプルさに気づくよう、一なる自己を受け入れることや絶対的な贖罪のシンプルさに気づくように、まず始めに、最も重要なことから話しましょう。

それは、「それが何であるか直視される必要がある」というものです。

それとは、問題のように見えているもののことです。

なぜなら、もし心が問題を誤って定義しているなら、その解決や答えを受け入れてもそこには希望はないからです。

この世界の問題は、とても具体的であるようにみえます。

あなたは、経済的な問題、人間関係の問題、健康に関する問題、性に関する問題などについて話します。

この世界では、欠乏やお金に関する問題や依存への要求など、さまざまな類の葛藤が知覚されています。

それらはとても具体的であるようにみえます。

日々、人間として、具体的な問題が生じ、多くの問題が毎日発生しているように思えます。

睡眠に問題がある人は、その問題は夜発生すると知覚するでしょう。

悪夢を見たり、非常に疲れていたり、分離睡眠(睡眠障害)の人にとっては、具体的問題が夜に起こっているようにみえます。

日中は、肉体に関してや、人々の環境に関してや、具体的な心理的問題など、すべての類の問題に、心が自分は一個の人間だと信じて、それらの問題に立ち向かっているようにみえます。

人々は、問題や症状に診断が下されると、その問題や症状と同一化し、具体的な問題と同一化して行動します。

これが、わたしたちが話題にしているすべてです。

これはすべて、問題が誤って定義されたカテゴリーの下にあります。


問題の正しい解釈、正しい定義とは何でしょうか?


すべての問題は、知覚の問題です。


では、知覚の問題とはいったい何でしょうか?

最も深く重要な愛のところから言うと、

もしあなたが、そこには無いものをみるという幻覚をみているならば、~具体的な何かを見るというより、この世界、宇宙、一片や一部、分離、分裂した外観という線形の宇宙を見ているという意~、もしあなたが、この世界を断片的に知覚しているならば、そこには無い何かを知覚しているならば、そのことを、わたしたちは「幻覚を見ている」と呼びます。

これは、先にも言ったとおり、抽象的な実在からの断絶という精神異常でもあります。

もし、神が実在ならば、もし愛が実在ならば、この断片的な世界の知覚や、分離したもの、分離した人々、分離した場所、分離した状況という空想の歪んだ知覚は、ワンネスという実在からの断絶です。

そしてまた、たくさんの人々、たくさんの声があるようにみえ、たくさんの信念体系、たくさんの視点、たくさんの国々、たくさんの様々のものがあるようにみえますが、これもすべて歪んだ知覚の一部です。


もし、あなたが栄光なる心の状態へと運ばれる、あるいは引き上げられるなら、それは、統合された認識であり、それが赦された世界であり幸せな夢です。

あなたは、「問題は知覚の問題である」ということを認めることから始めなければなりません。

問題はこの世界の中にはありません。問題は心の中にあります。

歪んでねじれた知覚を投影したこの分離した世界は、想念です。

歪んだ知覚は単純に想念であり、概念は解放されるべきです。

聖書コリント人への手紙の中で、「わたしたちは今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている」と言っていますが、これが、歪んだ知覚のことです。

それは単純に、「見る」ということが歪んだ知覚ということです。

この世界を断片的に見るということが、知覚の問題なのです。


どんな問題でも具体的に定義することは、的外れであり、それは知覚の問題だということです。

世界がどのように見られているか、世界がどのように知覚されているか、それが問題なのです。

それはまるで、歪んだレンズを通して見ているようであり、何もクリアにみることができません。

あなたが、引き上げられ、運ばれたとき、そのレンズはクリアですべてをはっきりと見ることができます。

それが、具体的な問題という歪んだレンズから、クリアで訂正されたレンズへのシフトです。

そして、あらゆるものが同じであると見ることになります。

すべては完全に同じなのです。

コースの中でイエスが「同一のものが異なっていることはあり得ず、ひとつであるものには分離した部分はあり得ない。」(T-25.I.7.7)と教えています。

とてもシンプルです。

コースがたくさんの章やたくさんのレッスンや教師のためのマニュアルまであるそのただひとつの理由は、覆いかぶされていて、重く守られている問題へのシンプルな定義が、正確にそれが何であるか、そしてありのままに見られる必要があるからです。


一旦立ち止まって、わたしと共に、問題は具体的なものではないという実際の体験を共有してみてください。

具体的な問題はありません。

もしあなたが何かの問題を抱えているとしたら、それは知覚の問題です。

今一度、下記を思い出すことが役に立つでしょう。

「私は自分で考えているような理由で動揺しているのではない。」(W-pI.5)

「私が動揺しているのは、存在しない何かを見ているからである。」(W-pI.6)

「私は過去だけを見ている。」(W-pI.7)

「私の心は過去の考えにとらわれている。」(W-pI.8)

これらはすべて、知覚の問題を言い表しています。

”過去の考え”や”過去の考えにとらわれること”は、知覚の問題の一部であり、ただ一つの問題です。

わたしたちが、運ばれていくことを望んだとき、自分たちの視覚に対して十分な責任をもつことを望むことになります。

それはどういう意味かというと、ただ聖霊とともに、ただ正しさとともに、ただ無垢性を通して見るということであり、愛が呼び覚まされ、癒された世界を見るということです。


次回(後半)に続く


ーデイヴィッド・ホフマイスターのトーク音声『Be Transported 』よりー


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2017/09/25

直線的時間への中毒

デイヴィッド・ホフマイスターさんのコミュニティーの方がフェイスブックにアップしていた一文が面白かったので訳してみました。

わたしたちは、元々あるこの世界に自分が生れてきて成長して今があり、そしていつか死を迎える、と当たり前に思っています。
そう、「時間は、過去から現在、そして未来へと流れている」というふうに時間を捉えているということです。
そして、わたしたちは、その時間に追われるように日々生きているといえます。
それを、直線的時間に中毒になっている、とデイヴィッドさんは表現しています。

デイヴィッドさんの教えはとてもとても深淵で、なかなか理解し難いところがあります。
今回は、自分の理解したままを感覚的に文字にしていますので、どうぞご了承ください。
原文も貼ってますのでそちらもご覧ください。

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わたしたちは、リニアな時間軸系の中毒にハマってしまっています。
それは、ヘロイン中毒やアルコール中毒や様々なハードコア中毒と言われてるようなどんなものよりも、重症の中毒と言えます。
あなたは、過去に起きたことを当然のように現に起きたと思っていますし、未来に起こるに違いない、と何かをすでに想定しています。
いわゆる、仮想のシナリオを信じ切って、それを自分の基盤として生きているということです。
だから、一日中何をしていようと、仮想のシナリオに戻りたがる心を警戒して見張っていなければなりません。
あなたがプロジェクト(コミュニティーでの作業)の最中であったとしても、例えば、冬支度をしていたり、ビデオを編集していたり、作曲をしていたり、礼拝を執り行っていたりしても、警戒していなけれなりません。
もし、あなたが話をしている最中でも、次は何?どうだったっけ?など過去や未来への考えに、心が知らず知らず”眠った状態”へと陥っているのを見つけたら、それが、中毒というものです。

存在していると思っている世界の中の形態は、真理とは一切何の関係もありません。
だから、形態の中で”自分”がどんなに頑張っても、時間中毒から逃れることはできません。
ちょうどまるで葦笛(あしぶえ)の中空を息が通って歌が奏でられるよう、わたしたちは空っぽになって、聖霊の為すがままに動かされることです。
”自分で何かをする”ことを手放して、広大さの体験へと入っていくのです。

”Much more than an addiction to heroin or an addiction to alcohol or some of what they call the hard-core addictions. Linear time is the addiction because it is all based on the belief that there are hypothetical scenarios that you can actually conceive of, that actually occurred in the past and could actually happen in the future. And so, as you go through whatever you are inspired to do through the day, you really have to be vigilant and watch the mind wanting to go back to the hypotheticals.

Even when you are in the middle of your projects whether you are winterizing, editing a video, composing music or even conducting a church service. If you are in the middle of a talk and you find your mind drifting off to 'What is next? How did this go over?' or any of those thoughts, that is the addiction.

It doesn’t really matter what is going on in form, because you will never escape the addiction through the form. It is the Holy Spirit’s use of the form, "being done through" like a hollowed reed being played through so perfectly, that you let go of the "doer" and then experience the vastness. That’s what it is.” —David Hoffmeister


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■イベント情報■
コース(奇跡講座/奇跡のコース)に関心のある方ならどなたでもご参加いただけます。
コースについてもっと知りたい、もっと学びたい方たちとの何でもありのフリートーク2daysです。

2days ACIM(奇跡講座/奇跡のコース)学習会 in 福岡 

2017年10月7日(土)、8日(日) 

詳細は、こちら定員になりましたので、申込を締め切りました。


次回の福岡ACIM学習会は、2017年11月18日(土)を開催予定しています。