2017/05/23

わたしにとっては修行ではありません。修正です。

2004年からセラピスト活動を始めて、今年で丸13年になります。


その間、私自身のスピリチュアルな学びの成長に応じて、

それを反映するかのように私が施すセラピー(セッション)も変化(進化)してきました。


そして現在、そのスピリチュアルの探究の学びで行き着いたところが、

「心理セラピストとしてのアイデンティティを手放す」というものでした。

なんとも滑稽なものです。笑


現在、私が提供するセッションは、大きくその形を変えてきています。


心理セラピストとしてのアイデンティティを手放し、

そのスタンスをやめたことで、よりセッションの幅が広がったように感じています。

そして今、そのセッションのかたちは、ACIM(奇跡講座/奇跡のコース)の学びへの導きと

そのサポートというかたちに移行していっています。


コースは、決して、スピリチュアルの探究者にとって誰にでも受け入れられるものではない

と思っています。むしろ、少数派だと思います。

とは言っても、コースの学びをはじめられる方は、

これから確実にもっともっと増えてくるだろうとも感じております。


ただ言えるのは、どれもこれも私が見ている夢です。

私の周りにコースを学ぶ人が増えているのは、

自分の心を外側(の世界)に投影してみているにしかすぎないと捉えています。

それでも、私が提供するものがそんな方々の役に立てていただけることはうれしいです。


ということで、

最近のセッションを受けられたRさんからその感想メールをいただきましたので、

ご本人のご了承のもとに公開させていただきます。

ありがとうございます。

 

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<Rさんからの感想メール>


こんにちは。先日は楽しいセッションをありがとうございました。

本当に楽しかったです。

レクチャーも質疑応答中もずーっとわくわくがとまりませんでした。

コースへの好奇心がとまらないのです。

一人でやっていると投げ出したくなるのに。


森川さんの口から伝えられるコースの確信部分、肝となるいくつかの言葉を聞く時には

感動と歓びで涙がでてしまいます。

わたしは知っている、と思うのです。

個のわたしではなく、わたしの中にあるひとつの心の部分。聖霊と共に在る部分。


前回のセッションでノートに書き留めたことなどを見返して過ごしています。

今迄のセッションで起きていたこと、疑問に思っていたこと等が、

少しづつですがわかってきたように思います。

この知的理解が非常に面白いのです。

なので毎回「コースって面白いですね」と、ついつい口にしてしまいます。

その割にはテキストがぜんぜん進んでいませんが…

コースが面白いというよりは森川さんが噛み砕いて教えてくださるレクチャーが

面白いのですよね。腑に落ちる瞬間。


テキストと言えば、先日夜中ひとりで座っている時に

すーっと体が歩き出しテキストを手にとりました。

初めて「考えない」ということを経験したように思いました。

これが動かされるってことなのかな?と。

その時は部屋もわたしの心のとても鎮まっていました。

だから聖霊のかすかな声が聞こえたのかもしれません。


今日のブログ記事「過去から脱却する」を読んで、

この世が幻想で夢であるということがまた違った角度から理解できました。

そんな風に見えるのは今生では無理だろうなと思っていましたが。

そして今また読み直してみると新たな気づきがありました。

やっぱり楽しい!

楽しいけど実践は相当難しいですね。

一瞬一瞬が選択。どれだけ意識的に取り組めるか。常に心にそのことを忘れずに

留めておけるか。


でも勉強すべきことがあること、訓練すべきことがあることが今のわたしには歓びです。

わたしにとっては修行ではありません。修正です。


今日の記事も何度も読み返したいと思います。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。

(新潟 女性)


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2017/05/17

平穏な心に戻っていく

最近は、この私自身がコース(ACIM)の純粋非二元論のスピリチュアリティを実践しながら

日々を過ごしていることもありまして、

それに伴って、私が提供するセッションも、

コース(ACIM)の学びへの導入とそのサポートというものになっていっております。


今日は、昨年から定期的に私とセッションを重ねて来られたMさんから、

最近のセッションを受けられて、その感想のメールをいただきましたので、

ご本人のご了承の上で公開させていただきます。

ありがとうざいます。


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<Mさんからの感想メール>


もりGさま

 

おはようございます。先日はセッションありがとうございました。

 

あれからまたいろいろな気づきがあり、今まで覆っていたベールがさらにはがされ、

ピュアな私に触れている感覚があります。

 

それこそ今までもりGさんが伝えてきてくれた、

「なにもしなくていい。」

その感覚が腑に落ちました。

 

本当にそのままでよくて、ピュアな私でいればいるほど、

特に何かしなくても気づきが起こっていたこと。

 

これはセッションをする上で必要なことでありました。

なにかしようとすればするほど、上手くいかなかったのはこう言うことだったんですね。

 

いろんな学びをすればするほど、益々複雑になり苦しみは増すばかりでしたが、

それは心の傷に気がつくために必要だったことでした。

 

そして今はただ心の傷と向き合い癒すことで、

平穏な心に戻っていくこと。

 

それが「ある(ただ在る)」ということなのだと感じています。

 

本当に外側にあることを変える必要なかったんですね()

やっと今まで伝えてくださったことが、

大きく私のなかで広がりまた変革を成し遂げようとしています。

 

本当にありがとうございました。

 

 

そして彼とのことも、彼が私に望んでいた姿はまさにこの姿でした。

 

たとえ彼が奈落の底に落ちようとしていても

それでいいとあるままを認め、

いざとなった時に手を差し伸べればよかったこともよくわかりました。

 

彼が私に「いいんじゃないって言ってくれることがいいんだよ」

って言っていたことは、これだったんだなぁって思いました。

 

その姿を見せられなかったのは残念ですが、

本来の私はそれがもともと持っている資質でもあるんだと思いました。

 

この世の女性とは男性に守られるべきものという体験を、

私はしたかったんだなと今となっては痛烈に思っています。

 

か弱い女性でいたかった()

 

だから強い女性というか、

男性を守れてしまう強さを持っていることがイヤだったんですね。

 

男ならもっと強くあれ!

なんて思ったり、

私を守れる男はいない。

誰も頼りにならないって思ってきましたが、

どうやら役割は逆だったようです。

 

私が引っ張ってよかった。

 

そんなことに気づいた朝でした。

 

これがたぶん本当の私の姿であり、

ホーリースピリットと繋がっている私なのだと思います。

 

まだこう思っている時点で、

コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)からはほど遠いですが、、、、()

 

そうそう、、、ホーリースピリットに名前をつけました。

名前はリリーです。

私のホーリースピリットのイメージが百合のお花だったんです。

 

白が好きで、

白い洋服を着たくなるのも、

リリーの存在が大きく影響していたのかな、、、なんて感じています。

 

そんな大きな気づきの中で、

これからしていくであろう、

人と関わりながら自分を癒す仕事がどんな風に形になるのかとても楽しみです。

 

またこれからも連絡させていただきますね。

そして共に自分に還る道を歩ませてください。

 

これからもどうぞよろしくお願いします


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<追伸メール>


お返事ありがとうございます。


今朝の気づきは最後のアクというのでしょうか。

脱ぎ捨てた日でもありました。


もういいんだという気持ちと、

これでいいんだという気持ち。


両方ある感じです。


また気持ちが行ったり来たりすることで、

心の平安という場所に戻っていけるのだと思います。


これからもあるがままに過ごしていこうと思います。

このような時間をくださり、

共有できたことに心から感謝いたします。


(埼玉 女性)


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2017/04/28

もりGセッションの位置付け

今回は、私の個人セッションを一年ほど前から数回に渡って受けていただいている

Jさんからのメールをご紹介させていただきます。


そのメール内容は、幾度かのセッションで体験してきたものをもとに、

Jさんなりの見解で私(もりG)のセッションについて書かれたものでありますが、

「もりGセッション」の位置づけを明確にしてくれるものだと思いました。

なおさら、今後の私がしていくセッションの方向性を示唆するものだとも感じました。


私(もりG)のセッションは、昨年の秋ごろから、

『ア・コース・イン・ミラクルズ』(奇跡講座/奇跡のコース)のスピリチュアリティを

反映したものになっていったのは事実です。


現在、私(もりG)が提供しているセッションがどんなものか?

興味のある方にとっては、そのメール文章を読んでいただければわかりやすいと思います。


ただ、私(もりG)が提供するセッションは、

『ア・コース・イン・ミラクルズ』(奇跡講座/奇跡のコース)に接したことのない方でも、

まったく知らない方にでも、その窓口を開いておくつもりです。


ということで、本人の了承のもとにメール内容をごそのまま公開させていただきます。

興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。

ありがとうございます。


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<4月25日 Jさんからのメール>


こんにちは。ブログを拝見しました。もりGさんの活動が大きく変わりそうなのですね。
セッション内容が変わるかもしれないとの内容を見て、感じるところがありメールさせていただきました。

最近、もりGさんに教えていただいた「神の使者」をやっと読み始めました。今までの自分のスピリチュアルの知識を覆す、突き抜けた内容で、面白く読み進めています。
まだ途中なのですが、自分の中で引っかかっていた疑問の回答?解説?らしきものが次々と書いてあり、メモをしながら読んでいるような状況です。
少し前の自分ではまったく内容に実感や興味が感じられなかったと思いますので、ベストなタイミングで目の前に現れた本だと感じています。
この調子だと奇蹟のコースも近いうちに始めることになるかもしれません。

本を読んでいてふと思ったことがありました。

もりGさんのセッションはいつも何かわからないままに自分の中から大きな動きが出てきて、内面の変化がやってくるのですが、自分の中で何が起こっているのかがいつも疑問でした。
周囲の出来事や人物が自分自身だと理解できた瞬間にものすごい感動が押し寄せてくるのは何故だろう?といつも気になっていました。
自分の理解を超えたところで何かが起こっているために、自分自身の中でその体験の整理ができなくて、もどかしくも感じていました。

今回、「神の使者」を読み始めて「赦しの実践」が奇蹟のコースの内容だと知りました。
そして、セッション中の感動体験はもしかすると、自分と自分以外を同時に一瞬で「赦せた」という体験に伴う感動だったのではないかという考えが出てきました。
赦したいという内なる欲求はあるのに赦せない、というもどかしい状況が激変する感動なのではないかということです。

そうだとすると、もりGさんのセッションは奇蹟のコースのダイジェスト版じゃないのかな?とのイメージが浮かんできました。
セッション自体がコースの実践の一部だというイメージです。

奇蹟のコースはまだ学んではいないので、見当違いかもしれませんが‥勝手に話を進めてみます。 

奇蹟のコースは自主学習形式とのことですが、奇蹟のコースを学んでいる者にとって、もりGさんのセッションが自主学習の中にたまにある特別講義のような位置付けになるのではないかと考えてみました。
セッションの位置付けが明確になれば、もしも自分が奇蹟のコースに入った時にセッションの存在が大きな支えとなるのではないかとも思いました。

というのは、もりGさんのセッションは必ず内面の大きな動きがあるのはわかっているのですが、いつ、どのタイミングで受けるのかを迷うのです。
もう少し自分で内面を掘り下げられるのではないかという考えと、もりGさんにお任せコースの方が早いな~という両方の気持ちがあり迷いが出るのです。
奇蹟のコースのサポートとしてセッションを位置付けるとセッションを受けるタイミングが明確になりやすいかも‥と自分勝手に考えてみました。
もりGさんはセッションも受けても受けなくてもどちらも正解だと言われるかもしれませんが(笑)。やはり色々と考えてしまうのです。

以上、最近ふと思ったことをメールしてみました。

もりGさんの今回の変化がどのような変化かは想像つきませんが、新しいもりGさんとまたお会いできる日を楽しみにしています。お元気でお過ごし下さい。

ーJさん(栃木 男性)からいただいたメールよりー


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2017/03/31

この静けさを大切に

数年ほど前から何度かに渡って私のセッションを受けてこられたAさんと、

先日の茅ヶ崎イベントのプライベートセッションで再びお会いしました。

そのときの感想と言いましょうか、お礼とご報告のメールをAさんからいただきました。


これまでAさんとセッションを繰り返しながら、

そのAさんが自らを癒し、解放し、心の内側が整理されていき、

より身軽になっていくのを、私もセッションを施す側として見てきました。

その変化の様は、まさに私自身の変化とも捉えることができると思います。

なぜなら、私自身の身においてもこれまでずっと自らの心の闇の部分と向き合いながら

自分の内側を整理してきたわけですが、自分がより身軽になっていくにしたがって、

セッションのその中味も大きく変わってきたからです。

そのことがAさんのメールから読みとれます。


>わたしのベースにある、この静けさを大切に。


そして今、それを生きはじめられたAさんのその姿は、

今の私自身の姿を映し出してくれているようでもあります。

Aさんを通して聖霊は私に、「それを生きなさい。その道を進みなさい」

と、その生き方、在り方の大切さを教えてくれているように感じます。


聖霊、そしてAさんも含めたご縁のあった兄弟姉妹に感謝の意を込めて、

ご本人の了解のもとに、Aさんからのメールをそのまま公開させていただきます。

ありがとうございます。


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もりGさま


まだまだ寒い日がありますが、季節は確実に春本番に向かっていますね。
もりGさんはいかがおすごしでしょうか?
茅ヶ崎セッションにてお世話になりましたAです。

セッション後、とてもうれしい変化がありまして
そのご報告がしたく、メールさせていただいております。

もりGさんのセッションは何度か体験しておりますが、
今回のセッションはいつになく静かでおだやかなものでした。
ときにクスッと笑ってしまうような、
くつろぎの時間をもりGさんと共有させていただきまして、

「わたしには何もわかりようがないけれど、
でもたしかに、わたしはいつでも祝福されているし、大丈夫なんだ」

そんな心境になりました。

セッション後の一週間は、いろいろと心揺れることを体験して
寝込んだり、恐れおののいたりする日もありましたが
状況がどうであれ、わたしの奥の奥の部分には「祝福」や「大丈夫」が存在していました。
そのことが、ほんとうにうれしいのです。

もりGさんに初めてお目にかかったときは、
それはもう劇的でドラマチックな浄化の体験をしたのですが
それから数年たち、私自身の整理も進み、必要なモノも変わったのかもしれませんね。

今まで価値を置いてこなかった、静けさの中にこそ
わたしが探し求めてきたものはずっと存在していたのです。
そのことに気づかせていただくセッションだったなと思います。

ドラマチックで劇的なものには、もうあまり興味がありません。
わたしのベースにある、この静けさを大切に。
できればそれを体現していけたら、なんて幸せなんだろうと今は思います。

いつかこの静けさともさよならするときがくるのかもしれないけれ
それまで、この世界で生きることを楽しみます。

こんな心境になる日が来るとは。
もりGさんには ありがとう の気持ちでいっぱいです。

まだまだ道半ばですし、これからどんな道を歩むのかもまったく見当がつきませんが
またもりGさんにお目にかかれたら幸いに思います。
福岡にもいつかまた遊びに伺えたらいいなあ・・^^

長々と感想を失礼いたしました。
おつきあいくださりありがとうございます。

感謝を込めて。
ありがとうございました。

(東京 女性)

2017/03/16

世界の見かたが変わるのを実感しています

昨年、継続的にセッションを受けられておられたJさんからのその後の経過報告をメールでいただきました。

そのメールの内容から、ものごとの捉え方、見え方が変わったことを実感するとともに、それによって、以前よりもずっと楽(ラク)になった自分自身を実感していらっしゃるのが伝わってきます。


出来事に対しての自分のとらえ方が変わってきており、

楽にやり過ごせているのを感じています。


それは、今、行き詰って思い悩んでいる誰かにとって十分にヒントになることばだと思います。

ということで、いただいたメールの内容をご本人のご了承のもとに公開させていただきます。

ありがとうございます。


・・・・・・・・・・・・


最近の近況報告です。

お蔭様でかなり楽に毎日を過ごせるようになってきています。

去年の年末からは、今まで変化がなかった外界の環境が急に騒がしくなっています。

今までの感覚だと最悪と感じるような出来事が押し寄せるように起こっています。
ただ、その出来事に対しての自分のとらえ方が変わってきており、楽にやり過ごせているのを感じています。

いい出来事か、悪い出来事かの判断を段々とやらなくなってきていることが、楽に過ごせている原因の一つなのかなと思っています。

「世界のすべては自分の内面が外に映し出されているものだ」と教えていただいたことが、日常生活の中で実感として感じられることが多くなってきました。そう実感することで出来事を簡単にはジャッジできなくなっているのですね。

出来事のとらえ方が変わると世界の見かたが変わるのを実感しています。


(栃木 男性)