2016/02/09

こうなったら、いくところまで痩せ細ってしまえ

今現在、不食生活といいましょうか、不食への道を敢行し始めて2ヵ月くらいになります。
一応、これまで(2016年2月9日現在)までの経過を報告しておきます。

昨年末の12月中旬から夕食のみを食べる一日一食の生活を始めたわけですが、はじめの数日間は空腹感のつらさを感じたりしました。やはり、午後を過ぎた時間帯になると空腹感が襲ってくる感じがあって、そのたびに、あと数時間の我慢ということで過ごしていました。でも、からだと心は慣れてくるものです。次第にからだは慣れていき、さほどそのつらさはなくなっていきました。
とはいっても、夕食の食事が一日の楽しみになっていったのは確かです。私はこれまで味覚や食べるということにあまり興味がなかったのですが、あらためて食べることの楽しみを知った気がします。そして、なによりも食べることの有難さを感じるようになりました。

体調的なもので言うなら、一日一食にしてすぐの頃は、めまい、立ちくらみ、ふらつきもすることもありましたが、からだが慣れていったのか、いつの間にかそういうこともなくなりました。
からだの軽さの感覚も同じで、始めはからだが軽くなったように感じていた感覚もいつの間にか慣れてしまって、いつもとさほど変わらぬ感覚(本当は軽やかなのでしょうが)になってしまいました。
一日三食から一食にした何よりも大きな変化といえば、始めて20日後くらいに体重計に乗って測ったら、体重が47キログラムになっていたことです。それ以前までの私の体型はというと、身長173センチメートル、体重55キログラムくらいでしたので、ただでさえも私は周りから「痩せてるね」と云われていたわけですが、さすがにその体重を見てショックだったといいましょうか、正直、ヘコみました。
しかも、風呂場の鏡で見る自分の体型がさらにやせ細っているではありませんか。やせ細った自分の身体を目の当たりにしていくことは、まるで死に向かっていく自分をみているようで、なんとも言えない気持ちになるものです。
でも、不食への道は、そういうものとも向き合っていかねばならないものだとわかっていましたし、私は、それも受け入れました。

そうだ、私は生きながら死に向かっていっているのだ、、、
しかも、それは私が望んでいたことなのだ、と。
もう、こうなったらとことんやるしかない。
いくところまでいってみよう。どこまで痩せ細っていくかとことんやってみよう。

そう心新たに決意し直して(開き直って)、それから、また40日間が過ぎたわけです。
その間、一日一食生活で煮小豆(あずき)だけを食べる「煮小豆を食べるプチ断食」を9日間を敢行しました。その後、フルーツのみの一日一食の「フルーツ断食」を敢行して一週間が過ぎ、今現在に至ります。そして、あと2週間は、「フルーツ断食」を続ける予定です。

2016年2月9日今現在、そんな私ですが、その身体は、今、もう骨と皮だけといった感じです。お尻の筋肉も落ちて、腕も、脚も、見るからに細くなっているのが一目瞭然です。 顔の頬骨も見えるようになりました。
体重計には乗ってはいませんが、47キログラムからさらに痩せた体重であることは間違いありません。ひょっとしたら、45キログラムを切っている可能性があります。なので、もう体重計で測る気もありません。測ったところで、ただ心が煩わされるだけですから。
ちなみに、今が冬場でよかったと想っています。なぜなら、まだ分厚い服を着ているおかげで、さほど痩せ細っているのが目立たないからです。(とはいえ、見るからに痩せこけているのがわかる状態ですが、、、)これが夏場だったら、外に出歩くにはとうてい人目にはさらせないなと。それほど痩せ細ってしまています。笑

ただ、体調はいつもと変わらず元気で、普通に日常生活は送れています。
一応、フルーツ断食とはいっても一日一食は食べてはいるので、全く一切食べてない断食をしているわけではないので、死ぬことはないと思ってやっています。
見た目は、身体は痩せ細って無様なものですが、身体が澄んでいっているのを感じています。どんどん身体がクリア(透明)になっていっている感じといいましょうか。全身の細胞がプチプチ、キラキラと微細な振動をしはじめているのがわかります。

どこまで痩せ細っていくのか?
この身体は、どうなっていくのか?

今後も、このブログで報告していきたいと思っています。


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