2016/05/25

実感、体験はやはりエキサイティングですね

前回の個人セッション体験談として紹介したJさんから、
次のセッションのまた新たな感想をいただきましたので、
ご本人のご了承のもとに紹介させていただきます。
興味のある方は、どうぞご覧ください。

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<Jさんからの感想メール>


2日間にわたってのセッションありがとうございました。濃厚な時間でまとまりがつかないつかない部分もありますが、感覚が薄れないうちにセッションの感想を御報告させていただきます。

セッション後は睡魔に襲われずっと寝ていました。今もエネルギーがシェイクされた後のようでボーっとした感じとなっています。熱のせいではありませんのでご安心下さい、笑。

今回のセッションでも絡まっていた問題の糸があれよあれよとほぐれ、あっという間にそれぞれの問題の糸が1本づつ昇華されていく。
前回に引き続き、ホントにすごい経験をさせていただきました。

「すべては完璧に起こっていた」、「周りの人、出来事は自分の鏡」、「この世界はずっと自分を愛してくれている」、知識として知っている言葉。頭では理解していた言葉が実感、体験として今回、目の前に現れました。

癒し、許し、開放、統合が同時に起こるのだと言われていましたが、それぞれの言葉の意味が実感としてなるほどな~と腑に落ちました。

あまりに大量の思い込みの開放が一気に起こったため、セッション内容を思い出してみても自分の中ではまだ整理ができない状態です。
経験を知識として整理しないと落ち着かない癖が出てきていまが、今までの経験からは分類ができない経験であり、整理しようにも整理するための戸棚の引き出しが見つからない感じです。
ただ、必要なものは必要なときに現れてくるという感覚が強くなってきているからか、整理できなくてもまあいいか~という感じです。

知識とは違い、実感、体験はやはりエキサイティングですね~。ただ、体力は使いますが‥ 笑。

今回、一番の衝撃体験は、もりGさんに「お湯のポットが何か言ってこない?」と聞かれたときに目の前のポットが自分に挨拶してきた時でした。
「やー、僕はポットだよ。やっと僕に気づいたの?僕はずっとここにいるよ。気づかなかったの~?これからもよろしくね。」とポットが自分に伝えてきました。
とても優しい挨拶でした。
言葉にできない感情がでてきて涙が出ました。これが世界とつながるという感動なんですね。

ポットは世界の一部で、ポット以外の世界中のものも「僕達と話をしようよ」、「僕たちはずっと君の味方だったんだよ」と言っているように感じられました。世界からのエネルギーはとても優しくてホントにびっくりしました

自分が勝手に世界を敵だと勘違いして戦いを挑み続けていたのが良くわかりました。世界に対しては今までホントに失礼いたしました、という感じです。


自分を癒し、内なる自分と対話していたら、その延長に世界とのつながり、世界との対話が現れました。いや~。濃厚な時間でした。


これからの実生活でどのような感じが出てくるのか楽しみに生活してみます。また御報告させていただきます。ありがとうございました。

(栃木 40代 男性)

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2016/05/22

女性性が開放される日

今日は、あなたのなかで否定されてきた女性性が開放される日です。

それは、あなたのなかでの直感的、あるいは、霊的な部分の開放を意味します。

それによって、疲弊したあなたのなかの男性性が癒されることになります。

そして、いよいよあなたのなかの男性性と女性性が統合されるときがきたのです。


この世界では、宗教の上でも、長い間、男性がその世界を支配してきました。

ときに、女性は、セクシャリティの名のもとに汚らわしいものとされたり、

魔女狩りと称して怖れられ、そして抹殺されてきたのです。

そのような女性(性)が虐げられてきた時代も終わりです。

それは、女性性のエネルギーならではの、受容、ゆるし、抱擁、といったかたちで、

その母性によってこれまでのシステムを変容させていくことになるでしょう。


そして、それはまずあなたのなかで起きていきます。

争いと戦いのなかで傷を負ったあなたはまず癒される必要があります。

疲れ切ったその心を、その身体を癒す必要があります。

あなたのなかで癒しが起きるとき、あなたの戦いは終わります。

生きることは、競争であり戦いである、、、と、

そう信じてきたあなたの世界の終わりです。


もう、戦うための武器を持つ必要はありません。

握りしめてきたその剣を置いてください。

怖れる必要もありません。

放棄するがいい。

そして、その場に安らぐがいい。

そのとき、あなたのなかのキリスト・マリアが、

きっとあなたを迎え入れ、受け入れて、抱擁してくれることでしょう。


あなたにとって、今日が、その日です。


2016/05/06

アイでいること

この私の目に映る世界が自分自身だということを思うとき、

自分があらゆるすべてのものと繋がっているのを感じることができます。

そして、私は、自分がこの世界のあらゆるところに偏在していることがわかります。

だから、私は想うのです。

私は、愛でいようと。

私が、愛でいること。

それが、この世界にとって私にできる最高最善のことなのだと。

そのとき、私の目に映るすべてのものが愛(I/アイ)であることがわかります。


そして、この私という個の存在は、それらによって生かされていることを実感するのです。



2016/05/03

真理の探究

神と共に。聖霊と共に。

やっぱり、これなしに真の平安はあり得ないって思います。

それがない人生はいつも現実に振り回されて心が安まることがありません。

そういうことに疲弊しきった者こそが、

本当の平安を求めて真理の探究をはじめることになります。


そして、私もそのなかの一人です。

そうなのです。

私も、安住の地を求めて、真理探究の旅をしてきた一人です。