2016/06/23

バーチャルリアリティー

バーチャルリアリティー。

それを、そのまま直訳すると、仮想現実、ということなのですが、

私がそのことばをはじめて耳にしたのは1990年代初頭の頃でした。

それから二十数年経つのですが、

現代のバーチャルリアリティーのその科学テクノロジーは、

かなりの進化をみせていることを知りました。

仮想の現実でありながら、

それがあたかも本当の現実のように知覚してしまうほどのリアル感を体験できるというのです。

その科学テクノロジーの進歩に驚きを隠せません。


バーチャルリアリティーというものの登場によって、私が想ったことは、

人間の知覚というのものは、そんな簡単にだまされてしまうのだということです。

わたしたちの知覚というものは、本当に当てにならないのだなと。

だまされやすい、信じ込みやすいのだということ。

極端にいうと、誇大妄想になってしまいますが、

このままバーチャルリアリティーの技術が進化するなら、

それがバーチャルの世界だということすら忘れてしまうほどのものを作り出すことすら、

可能なのでは?とさえ想うのです。


そういうことで言うならば、

じつは、わたしたちが現実と思っているこの世界こそがそういうものなのではないでしょうか?

この世界こそ、自分が認識しているこの時空間の世界こそ、

自我が巧妙に作り出したバーチャルリアリティーだということです。


そう、つまり、この現実と思っているこの世界こそ、

真理からすれば、まさにバーチャルリアリティーの世界なのです。


そういうことをいにしえの覚者たちはすでに知っていました。

この世界は幻想(マーヤ)である、つまり、バーチャルである、と。

仏教の世界では、『般若心経』でそういうことが表現されています。


そういう意味でいうと、

今の時代では科学テクノロジーをとおして、

そういうことをみせてくれている時代になったといえます。

宗教の神秘なる世界が科学テクノロジーの進歩によって、

こうやってどんどん目にみえるかたちで物質化されていく時代になったのだと。

それは、わたしたち人間の意識が進化してきた証だともいえます。


人工知能も同様のことが言えるのですが、

わたしたち人類の科学テクノロジーは、神の領域に入ってきている感じがします。

そして、かつて、同じようにテクノロジーが神の領域に触れた時代があったのではないか!?

ということを直感するのです。

一万三千年の時代を超えて、今、わたしたち人間の意識は、その時をまた迎えているのだと。


内なる世界(潜象界)が、どんどん現象界に反映されていく時代。

それは、潜在していたものが、表面化していく時代。

それは、内在していた神性が顕在化していく時代だとも言い換えられます。

それは、ますます加速していくことになります。

内なるあらゆるものが顕著に現実化、物質化していきます。


そんな時代を、これからわたしたちは生きるのだということです。


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