2016/09/09

自己紹介・プロフィール

もりG

サイコセラピスト(心理療法家)。心理カウンセラー。瞑想家。

1967年熊本県生まれ。 福岡市在住。



【略歴】

1992
生きるとは?何のためにこの世に生まれてきてなぜ生きるのか?どこへ向っているのか?という人生の根本的な命題に答えを探究すべく、内なる衝動にかられるように実践的修行として瞑想、YOGAをはじめる。

2000~2001
キリスト教の聖地であるローマのバチカンを訪問。二千年前に生きたイエス・キリストというたった一人の人間が、時を越えて人々に与えた影響力の凄さに感銘を受ける。同年、バックパック一つで、中国、チベット、ネパール、インド、タイ、マレーシア、ラオスなど、yogaや仏教の聖地をたずねながら、ヒマラヤやアジアを約一年程かけて放浪。

2004
整体、オステオパシー、クレイニオ・セイクラル、レイキ、気功、心理療法、ヒプノセラピー(退行催眠/過去世療法)などのさまざまなセラピーやヒーリングの技法を習得し、ボディワーカー、ヒーラー、心理療法家として活動を始める。

2005
心理療法家としての活動をするかたわら、自らが実践してきたYOGA、瞑想を指導するヨガクラスを主宰。

2008.10
『A Course In Miracles (ACIM)』に出会い、二千年前にイエス・キリストが説いた教えは、解脱・悟りへと導く究極の非二元のスピリチュアリズムであると確信する。その実践のなかでキリストのヴィジョンによる真の赦しを体験するとともに、それまで知識として学んできた真理が腑に落ちていくような理解のプロセスがはじまる。

2010.4

霊的なヴィジョン(心眼)による贖罪(アトーンメント)体験をする。私たちは誰もが初めから救われていて、誰もが完全で、愛の存在で、ものごとの完全性、十全性を理解する。


2011.11

幾度かの真我体験やヴィジョン体験を経験し、それらの内的体験で得た真理の洞察とセラピストとしての経験とスキルが融合して独自のセッションが生れる。そして、活動を心理セラピストというスタイルに一本化する。

2012

そのセッションを体験した人たちから多くの支持を得るとともに、「ジーニー」という名で呼ばれるようになる。

2012.9

雑誌『Star People(スターピープル) 2012 Autumn Vol.42 ~特集・予知能力を高める~』/(ナチュラルスピリット)にインタビュー掲載。

それがきっかけで全国に知られるようになり、福岡を活動拠点に、全国各地で個人セッションやセミナーを行うようになる。


一時の期間、『A Course In Miracles (ACIM/奇跡講座/奇跡のコース』から離れた時期を過ごすが、その後に再び、あらためてその教えの深遠さに気づくとともにその学習を再開し、現在に至る。


現在は、「もりG」と名を改め、個人やグループでのセッションを通して、ご縁のある方々一人一人と深く本質的なところで関わっていくことを大事にしながらその活動に従事している。


2016/09/08

天国と地獄

人は死んだ後どこへゆくのか?


小さい頃の私は、心がきれいな人は天国へ、そして、心が汚れた人は地獄に行くのだと、

そう教えられていました。

そして、そう信じていたときの自分は、

あぁ、自分はきっと地獄に行くんだろうなって想っていたの覚えています。

こんな自分はきれいな心じゃないというふうに想っていたのです。


自分の中に心というものを自覚しはじめた頃のことも覚えています。

人には口に出しては言えないことを、

心の中だけで想うことが出来るようになったことが大発見でした。

自分が何を考えているのか?

だれにも口に出して言わなければバレない、と気づいた私は、

あれこれ人には言えないようなことを考えはじめたのでした。

そうやって「こんなことを考えている自分の心は人にはみせられない汚らわしいもの」

と思うようなったのです。

ゆえに、自分は死んだ後、そのことが閻魔様に見抜かれて裁かれてきっと地獄に送られるのだと

そう思っていました。


またその当時、そんな自分とは裏腹に、鳥や犬といった動物はなんて純粋なのだろうと

うらやましくも思ったものです。

彼らは、この自分みたいによこしまなことを考えたりしないから、いいなって。

何も考えずに生きている彼らの心はきれいだなと。

だから、彼らはきっと裁かれることはないのだろうなと思ったものです。


それから私は成長して大人になっていくうちに、

天国や地獄といったものは、自分の心にあるのだということを直感的に理解しました。

あの世に閻魔様なんていないのだ、結局、自分を裁くのはこの自分自身なのだと。

そして、ある内的体験によって、自分の本当の心は、美しいものだということも悟りました。

そう、だれもの心の中のずっと奥には純粋で美しくて素晴らしいものが隠されていて、

そのことをみんな忘れているだけなのだということも、です。


わたしたちは、自分の見たい世界を見ています。

みんなが自分の見たい世界で個人的な現実をそれぞれ体験しているのが、この世界です。

ちなみに、「個人的な現実」という言い方をしますが、

真実はそういったものはなく、本当はすべてはただ一つの心が経験しているだけです。

そう、あなたが肉体を離れた後、あなたは自分の生きてきた人生を顧みたとき、

すべての真実を悟ることになります。


すべては自分だったと。


そして、その世界を創りだしていたのも自分だったと。


そのときのあなたは果たして何を想うのでしょう?


どうぞ想像してみてください。


そして、今ここに生きているあなたを、あの世のあなたはどうみるのでしょう?


どうぞそのことについて考えてみてください。


すでにあの世に逝ったあなた自身。

そのあなたは、この人生をどう顧みるのでしょう?

だとしたなら、あなたはこの人生をどう生きようと思うのでしょう?


自分は何のために今ここに生きているのか?

なぜここにいるのか?

どうぞ自分のハートにその答えを求めてください。


自分を裁くことのないように。

自分を責めることがないように。

どんな自分もゆるせるように。

あなたの現実に登場する人たち、そして起こる現実のすべてをゆるせるように。

ちょうど植物や動物をみるように、裁きのない純粋な心で目の前のすべてをみてください。


裁くのも自分です。

それによって裁かれるのも自分です。


ゆるしていくのはあなたです。

それによってゆるされるのもあなたです。


あなたはスピリチュアルを探究してここまで来ました。

そのあなたがこれから向かう先は、そういうものだということを知ってください。

その究極は、世界のあらゆるすべてをゆるし、

あなたはすべてからゆるされ愛されていることを体験するためだということ。


天国は、そんな純粋なる心に開かれていくのです。


2016/09/06

この世は幻想である

この世は幻想である。


そのことばを、精神世界の道を歩みはじめたばかりの20代半ばだった頃の私は、

やけに虚しく、さみしく、はかなく感じていたのを覚えています。


もう、すでにあれから二十数年の年月が流れたわけですが、

私にとってのスピリチュアルな探究は、

巡り巡って、今またそのことばに帰還してきたように感じています。

ただし、この今では、そのことばが自分にしっくりくるのがわかります。

「この世は幻想である」ということばについて、

なんら、虚しさ、さみしさといったものがありません。


そして、ふと思うのです。

いったい、あの頃の自分と何がちがうのだろう?


もちろんあの頃とは、知覚している世界がまったくちがいます。

あの頃の私は、癒されていない感情をたくさん抱えていたし、

凝り固まった世界観の中で、ガッチリとこの世界にとらわれていたこともわかります。

そして、何よりも大きくちがうのは、あの頃の私には神が不在でした。


まさに、神不在は、虚無でしかありません。

神は、愛です。


それまでは、愛がなんなのかよくわかっていませんでした。

でも、今は、それがわかります。

神はいつも在るのがわかります。

神は、いまこの瞬間にも私と共に、そしてあなたと共にいます。


I am sustained by the Love of God.
私は神の愛に支えられている。

『奇跡のコース ワークブック レッスン50』より


もう、この世を虚しいとは思いません。

人生ははかないとも思いません。

ただ、もう、この世を当てにしようとも思いません。

この世は変わりゆく世界です。

手に入れたかたちあるものは、やがてそのすべてを失うことになっています。

そういうすべてのものから完全に解き放たれる道。

それが、私が望んでいるものです。


私が選択した道とは、それであり、

あなたがこれから選択してゆく道だということもできます。


2016/09/02

幻想を超える

マスターからのチャネリングメッセージです。テーマは、「幻想を超える」です。


この世は幻想である。

それは、ちょうどあなたが夜に眠っているときにみる夢のようなものということである。

そこに登場する人物、起きる出来事、状況、存在するものすべてが、

そして、自分自身の身体すらも自分の心が作り出した夢(幻想)である。

ただ、この世は、夢の世界よりも柔軟性のない堅固なものでできた世界なだけである。


それは、何を意味しているのだろうか?


あなたは、このいまも、自分の創りだした堅固な夢の世界の中にいるということだ。

その堅固なこの世界を物質世界と呼び、

あなたはこの世界こそが現実であると認識しているのだ。

でも、実相はそうじゃない。

何度も言うように、この世界は、あなたの心が投影された世界であり、

この世は、あなたがあたかもリアルだと信じ込んでいる夢の世界にしかすぎないのだ。


この世は幻想である。

ただし、だからといって、この世界を無視してもいいのだというわけではない。

それを勘違いしてはいけない。

というのも、その夢をみているのはあなたであり、

その夢を創りだしたのはあなた自身だからだ。

あなたは、その自分の創りだした世界、つまり、自分自身と向き合う必要がある。

もっと言えば、この世界を創造した原因(源)であるあなたの内面と向き合う必要があるのだ。


あなたは、何のためにそんな夢を創りだすのだろうか?


そこには、同時に二つの両極の答えを帯びることになる。


その一つは、あなたは自分自身を知りたいからだ。

<わたし>はだれだ?なにものなのだ?と、

そう思いを巡らせたとき、あなたは自身の心をねじった(歪ませた)のだ。

自分の心をねじらせることで、二律背反の分裂を生み出した。

分裂した相反する二つの心は、互いに自分を鏡でみるかのように投影し合った。

その分裂は、ちょうど、精神が分裂していく様と同じ原理だ。

自分の心に本音と建前えを作り出し、そうやってもう一つの人格(パーソナル)を作り出して、

あなたは、自分という存在を無限に分裂してきたのだ。

そして、それが投影された世界が、あなたがみているこの世界なのだ。

もともと自分以外の存在などこの世界にはいない。


すべては自分だ。あなた自身だ。


そして、世界はない。

この世界は、あなたが妄想でみている夢(幻想)だ。

仏教では、それを「空」という言い方で表現している。

この世のすべてには実体などないのだと。

ゆえに、この世の幻想から遠離せよと。


ただ、この世は幻想でありながらも、

忘れてならないのは、その幻想は自分の心の投影であるということ。

つまりは、この世のすべては自分である、という重大な真実を見失ってはいけない。

あなたは、自分自身をいろいろな自分に分離させて、この世に登場させているのだ。

なぜなら、あなたのみている世界は、あなたがみている夢であるからだ。

ゆえに、その夢から目醒めていくために、

幻想であるこの世をアイテムとして使っていく必要があるのだ。

そう、この世は幻想でありながら、この世を創造し続けているのはそのためだ。

それが、夢の創造のもう一つの側面である。


絶対なるものなどは、この世には存在しない。

この世には、信頼に値するものなどなにも無いことを悟るがいい。

あなたが唯一信頼できるものとは、あなたの内に存在するそれだ。

この世の創造の原因(源)となっているそれである。

それは、何ものにも揺るがされることがない。

そこには、絶対なる神の平安がある。


あなたが、スピリチュアルを求めるのは、なぜだろうか?


そう、あなたが求めているのはそれであり、

それこそが、あなたがこの世の幻想から遠離し、真の自由になる道だ。

そう、あなたは自由になりたがっている。

そして、本当は、だれもがその可能性を秘めている。

ただし、あなたがこの人生でそれを成し遂げるか?どうか?はすでに決まっている。

あなたが、それを心から欲しているか?どうか?

それにかかっている。


兄弟よ、

あなたがこの人生で本当に求めているものとは、それだということをあなたは知っている。

生涯をかけて、その道を進むがいい。

その道は、この世の幻想を見限っていく道となるであろう。


目醒めよ。

この世の幻想から目醒めるのだ。

自らが創造した妄想の世界から、目醒めるのだ。

自らを投影したこの世界をゆるし、自由にするのだ。

今、目の前にある幻想と向き合うのだ。

そして、目の前にみえる世界が、自分の心の投影であることを見破るのだ。


この世のすべてをゆるし、自由にするとき、

つまりは、すべてが幻想であることを見限るとき、

あなたは、その向こうにこの時空ではない広大無辺な空間のような広がりをみるだろう。

そして、あなたはそこに佇むようになるだろう。

しかも、永遠に、だ。


あなたが歩んでいる道とはそれだ。

そして、いつかこの世界にとらわれることがなくなるときが、必ず、あなたにもやってくる。

そのとき、あなたは、リニア(直線的)な時間からも自由になっていく。

だとしたなら、あなたが真の自由になるときは、いま、だということを知るがいい。


時を待つ必要はない。


そのときは、いま、だと知りなさい。


2016/09/01

2016.9 セッション後の感想より

個人セッションを受けられた方々のセッション後の感想をご紹介したいと思います。

みなさん、それぞれのプロセスて気づきと変容がすすんでいっておられます。

セッションは、ある段階ではそういう援助が必要だし、役に立ちます。

興味のある方は、どうぞごらんくださいませ。



今日は遂に!、、、やっと!!!!ハイヤーセルフと繋がることが出来ました。

この安堵感は カラダを持って、初!だと思われます。『やっと!これこれ〜!これを感じたかったんだ!』って、気づきました。いつもお付き合い頂き ホントにありがとうございます。次回のセッションもたまらなく楽しみです。

(神奈川 Mさん)


先ほどはセッションをありがとうございました。

心も体もだるいのですが心地良いです。小さい頃泣きすぎると疲れて眠くなる、あんな感じです。そして誰かと仲直りした後のような嬉しさと安堵感でいっぱいです。わたしはわたしと仲直りしました。どれもこれも小さくて自由だった頃に感じていた体感です。

思考も出来事も病気も、それはわたしの責任。というよりは、わたしは体験したかったのだな、というこの感覚は、今迄何度も聞いたり、あるレベルでは体感していたことですが、今日のセッション後は今迄以上に深いとろでわかった、というよりも思い出したのでご報告です。そうです思い出したのです。

日常生活で、一瞬一瞬の選択も意識的にしていきたいです。

本当に今日もありがとうございました。

(東京 Rさん)


やったことないことに挑戦したいとかムクムクと気持ちが動いています。

すべての人に感謝しています。もりGさんにも大感謝です。

弱点やコンプレックスこそ、逆転のチャンス。 隠さずさらけ出す。 陰極めれば陽になるですね。

(大分 Cさん)


セッション以来、 全く!薬を必要しなくなったんです!すこぶる調子が良くて、随分、ナチュラルなカラダになったなーって思いました。

いろいろ、変化が目まぐるしく変わるので、 戸惑ってる反面、楽しんでます。

(神奈川 Mさん)


昨日はありがとうございました。力強い自分の感覚を得たことは、大きな収穫でした。

(東京 Tさん)


前回のセッションで大きな意識の変化があり、その後もさらに自分の内面の整理が進んでいます。本当にありがとうございました。

(神奈川 Yさん)