2016/10/22

いつゲームを終わる?

最近、VR(バーチャルリアリティー)なるゲームが流行っているようです。


作り出された仮想の現実なのにあたかも現実のように知覚して、

そのリアル感を楽しむゲームなのですが、かなりリアルらしいです。


バーチャル(仮想)だとわかっていながら、それを楽しんでいる行為は、

まるで、いま、この3次元世界に生きてそれを現実だと思い込んでいるのと、

なんら変わらないのだと思います。


この世も幻想だということには変わりがないということです。


そのことに気づいた人の生き方の選択には、二つあるように思います。

一つは、そのままゲームを楽しむという生き方。

もう一つは、ゲームを終わるという生き方。


中には、「これはゲームなのですよ」と、

ゲームの中に登場する人たちに教え伝えることに夢中になって、

ゲームをまだ楽しんでいたい人もいるでしょう。

それは、前者ということになります。


ゲームを続けるか?終わるか?

そのどちらを選ぶかは、それこそ人によってちがいます。

ただ、だれもがいつかは後者を選択することになっています。

いつそれを選択するかは、それぞれの自由意思にまかせられています。


神は、あなたが後者を選ぶのを待っています。



これは奇跡の道です。これは必修すべき道です。

いつ取り組むかということだけはあなたの自由意思に任されています


実在するものは、存在を脅かされることはありません。
非実在なるものは存在しません。

ここに「神」の安らぎがあります。

~奇跡のコース テキストの序文より~




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2016/10/17

準備が整ったとき

じつは、最近になって久しぶりにまた、

『ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡講座)』を読みはじました。


ここ3、4年の間、『ア・コース・イン・ミラクルズ』からはずっと離れていたのですが、

どういうわけかまた再び『ア・コース・イン・ミラクルズ』に戻って来たという感じです。


ワークブックをもう一度最初からやり直しているのですが、

こんなことが書かれていたのか!と、

私の中でその奥深さにあらためて気づかされる次第です。


正直言って、一時期の頃は、『奇跡のコース』なんてもう要らないなんて言っておりましたが、

そんな自分が本当に恥ずかしいかぎりです。

今更ながら、その頃の自分の無知さ、浅はかさ、傲慢さに気づくばかりです。笑


さて、そもそも、私が精神世界に求めていたものは何だったのか?

ということをよくよく思うと、その答えは「救い」だったのかもしれません。

生きるのが苦しかったといいましょうか、虚しくてしょうがなかったように思います。

その当時、精神(スピリチュアル)世界のものに触れるだけで、

救われるような感じがしていたのはたしかです。

とくに、仏陀の教え(原始仏教)に心惹かれたのでした。

そこに救いを求めて、救われたくて、この世から解放されたくて歩みはじめた道でした。

それは、苦しみの輪廻から脱出する道であり、

絶対なる平安の涅槃の境地に至る道です。

その当時は、その境地を、「解脱」「悟り」と呼んでいました。


それから15年後、私は、『ア・コース・イン・ミラクルズ(奇跡のコース)』と出会います。

そのきっかけは、『神の使者』(ゲイリー・レナード著)なのですが、

その著書をはじめて読んだときの感動といいましょうか、衝撃は忘れられません。

それまですでにYogaや仏教的なアプローチで精神世界の探究をしてきた私でしたが、

非二元とか、悟りとか、求めてはいたものの、

正直言って、それがどういうものかよくわかっていなかったように思います。

もっといいますと、悟り、解脱というものを求めていたことをすっかり忘れて、

ちがうところにスピリチュアルを求めていたようすらに思います。

とはいえ、さすがにそのときは、私の直感的な部分は見逃しませんでした。

私がずっと求めていたものはこれだった!と確信したのを覚えています。


私が解釈する『ア・コース・イン・ミラクルズ』というものは、

健康とか収入などの現象の変化は単なる自分の見ている幻想にすぎず、
そういう幻想を変化させるよりも、
幻想から目覚めることを目標にしたものであると思っています。

仏教でいうならば、この世への執着を失くす、心の囚われから自由になる、

といったところでしょうか。

それは、自我(エゴ)の完全なる解体、止滅へ向けた道だと。


私は、ずっと若い頃からそれを求めていたこともあって、

その道は、私にとっては然るべき自然な道のようにすら思えます。

ただ、すべてのスピリチュアリストたちが、

それを望んでいるわけではないことを受け入れていく必要があるとも感じています。

この人生で求めているもの、体験していくものは、人それぞれ異なるといえます。


『ア・コース・イン・ミラクルズ(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)』は、

その準備が整ったときにはじめて受け入れられるのかもしれません。


心の準備が整ったとき、実践の道が本格的にはじまります。


『ア・コース・イン・ミラクルズ』とは、そういうものだといえるでしょう。


2016/10/16

内面の変化が少しづつ進んでいたみたいです

今年の4月頃より継続的にセッションを受けられているJさんからの体験談(経過報告)メールを紹介したいと思います。ご本人のご了承のもとにそのまま公開させていただきます。

ありがとうございます。


・・・・・・・・・・・・


<Jさんからの経過報告メール>


ご無沙汰しています。お元気でお過ごしでしょうか。いつもブログを楽しく拝見させていただいております。

今回のセッションの前に最近の自分の変化について御報告させていただきます。

もりGさんに初めてお会いした頃を思い出すと、まだセッションを初めて半年しか経っていないことに驚いています。
八方ふさがりの虫の息で最初のセッションにたどり着いた時のことを思い出すと大昔の出来事のように感じています。


今までのセッションで色々な気づきをさせていただき、6月のセッションの後は次に自分の人生に出てくるのはどんなテーマなのだろうと待ちかまえていました。

そして、手放したいな~と思う自分のこだわりが一つぼんやりと見えてきました。
自分で手放せるかと7月、8月はもりGさんに教えていただいたネガティブ感情を感じることを繰り返したりして過ごしていました。


しかし、このこだわりを手放すのには具体的にある行動(自分の大嫌いな自己開示)をすることが必要でした。
その行動をとる勇気が出せずに恐怖心で先に進めなくなっていました。


自分の勇気の無さのために行動に移せないのだと感じて軽い失望もありました。そして結局は自分で勇気が出せない限りは問題解決はしないのだという思いも出ていました。


勇気の出し方はもりGさんから教わっていないし‥笑。今度もりGさんとお会いする10月まであきらめよう‥もりGさんなら勇気を出す方法も思い出させてくれるだろう‥自分はどうせ勇気ないし~笑。

なんて、あきらめモードになっていきました。


そんな時に8月の下旬からなぜか毎晩のように寝汗をかくようになりました。

体調は悪くないのに寝汗があり、一晩に三回もびっしょりになった下着を着替えるようなことが続きました。悪い病気かもと少し気味が悪かったのですが体調は悪くなく、寝汗をかくことに何となく爽快感があったのです。
何かのエネルギーの変化なのかな~とも思い観察していました。

そして、寝汗をかくようになった頃からなんとなく物事を考えるのが億劫になりぼんやりとした精神状態となっているのに気づきました。本を読んでも頭がすぐに疲れてしまい、読めなくなってしまうような状態でした。


そんなぼんやりした状態のために、ますます手放したかった問題を考えるのが億劫になり、ゴロゴロ、ダラダラとした生活をしていました。


そんな時、9月の22日(秋分の日!)にぼんやりと外を見ているときにふっとこの問題を手放せる!もう手放そう!今すぐに手放したい!との思いが突然浮かんできました。


あれ?あんなに怖かったのにそんなに簡単に手放していいの?と自分に問い直してもやはりゴーサインが出ていました。

理由もなく怖さが少なくなっているのです。
無理せずに怖かった行動ができそうなのです。
そのうえ、行動することを想像するとちょっとワクワクもするのです。


びっくりでした。自分では気づかないうちに内面の変化が少しづつ進んでいたみたいです。


植物の種を植えて、忘れてたら実がなっていたような感じです。


そして、お蔭さまで10月11日に手放しへの第一歩を行動に移しました!怖さはなく、手放せた爽快感を感じました。 

小さな一歩ですが、さび付いていた歯車がゆっくりと動きだした感じです。そしてこの動きはもう止まらないのかな~とも感じます。


今回はまた、どんな気づきがやってきて、どんな種を蒔かれて、時限爆弾が仕掛けられる? ことになるか楽しみです。

今週もセッションのお付き合い宜しくお願いします。(ホントに音楽のセッションのように共同作業なのですね~)


ちなみに数日前から寝汗は止まっています!

(栃木 男性)

2016/10/14

なんだか楽チンですね

セッションを受けられたMさんから感想のメールをいただきましたので、

みなさんにご紹介します。

メールの内容は、すごくシンプルなのですが、

神と共に生きているその信頼感、安心感、至福感がひしひしと伝わってきます。


神への憧憬は、この私も止むことがありません。

神に還る。聖霊と共に。

そこには、この世の何ものにも代えられない絶対なる心の平和があります。

そこには、何ものにも脅かされることのない絶対なる神の平安があります。


あなたにも、神の恩恵がありますように。


・・・・・・・・・・・・


<Mさんからのメール>


これでいいんですね。

本当の意味での自由と豊かさにドキドキしてます(笑)
昨日のセッションが終わって以来、
神様からのお試しがたくさん出てきてます。
でも、なんとなくクリアできてるように思えます。

シフトしていくと、がんばらなくていいんです。
なんだか楽チンですね。
今までの苦しく思われた体験もギフトだと思うと愛おしいです。

今日も神と共にあります。
感謝です。

もりGさん
ありがとうー

(神奈川 女性)

2016/10/08

2016.10 セッション後の感想より

個人セッションを受けられた方々のセッション後の感想をご紹介します。

興味のある方は、どうぞご覧くださいませ。


昨日はありがとうございました。もりGさんは私であり、皆なんですね。私の龍(内なる声)は、「彼(もりGさん)は、トリックスターだ」と言っています。皆の中にあって変容を起こす存在だと。

(千葉 Tさん)


今月前半はとにかくドンドン【自由】になってくスピードが急速し、最後は頭が空っぽになるくらいでした。 『セッション受けなくても大丈夫になってきたなー』とか、思ったりしてました。いやいや、過信は禁物ですね(笑)ちゃんと受けたい!と思うタイミングがきました。やはり、自分を癒す旅はまだまだ続きます。クリアにしていくことがどれだけ【自由】になることを知ったからかもです。そして、何よりも楽しいです。

(神奈川 Mさん)


もりGさん、ありがとうございます。あなたが私に気付かせてくれたことはとても大きなことだったと改めて感じています。

今まで、自分で自分の人生を生きてきたつもりでしたが導かれていたんですね。前の(古い)考え方とのせめぎあいで感情が揺さぶられ空しくなってしまいます。それを少しずつ受け入れています。ブログ見てます。ありがとうございます。

(福岡 Kさん)


自分の中の寂しさや分離の意識を埋めるために外に求めてきた自分と、とことん向き合っていく覚悟が出来ました。これまでついつい避けていましたが、もりGさんの言葉で決意することが出来て、本当に感謝しています。

(神奈川 Yさん)


何度も惨めな人生を歩んで来て、そこから這い上がろうと何度も抵抗してきましたが、今日始めて、その惨めな自分を迎えにいく事ができました。私の感覚の多くが、この惨めさから派生してきてたんじゃないかと思います。大きな一つのストーリーが閉じたと思います。
また、細胞で感じるというのが始めて分かったと思います。細胞が生まれ変わったような感覚です。
一人で感じようとすると、受け入れられない一線が、当たり前すぎて越えようとも思えない抵抗があるのですが、もりGさんにセッション頂くと楽に越えられていきます。いつもセッションありがとうございます。

(大阪 Nさん)


あたしはこのセッションをココロから楽しんでいる。そして、なんと言っても成長するのに手っ取り早い!もりGさんのセッションは!この限られた今世での時間、とっとと成長したーぃ!と願ってる魂。 『誰がなんと言おうとあたしはあたしの人生を楽しむんだ!』って、腑に落ちたました。きっとセッションで《決めた》からですよね。 《決める》ということが、こんなにパワフルなことなのかと、
しみじみ思いました。「あたし、少し強くなったな〜」ってなんだか嬉しかったです。
(神奈川 Mさん)


前回セッションから10日くらいしか経過していないはずなのに、もう1ヶ月くらい経過したような感覚です。それだけ、現実やエネルギーのめまぐるしい変化がありました。

前回セッション以来、今まで長年苦しんできた強い空虚感、死にたい気持ちが嘘のように消えて、だいぶグラウンディングしたような気がします。

(神奈川 Yさん)


9月になりましたね。

毎年、新学期の忙しさや身体がついていかないことの苛立ちで疲れてたことを思い出します(笑)。それに比べて、今年はなんと穏やかなことでしょう!とても幸せです。あんなに忙しくしなくても生きていってます。 満たされてます。空気を吸うごとに幸せが押し寄せてきます。

(大分 Cさん)