2016/11/15

自我と向き合うことの必要性

Without forgiveness I will still be blind.
赦しなくしては、私は依然として盲目のままである。

ー『奇跡講座/奇跡のコース』ワークブック lesson247よりー


ほんとうの自分(真理)を思い出すためには、自我と向き合っていく必要があります。

それなしで、幻想からの解放、つまり、ほんとうの幸せはないといえます。


「自我と向き合う」ということばを使っていますが、

「幻想と向き合う」ということばで言い換えてもかまいません。


幻想からの解放とは何か?

それは、この世界からの解放だと言うことができます。


コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)の教えによれば、

この世界というものは、

自分自身にある重要な嘘をついて、その嘘によって作り出された世界であり、

また、自分自身を欺きながら生きることのできる世界が、この世界だと言うことができます。

そうやって自分を騙し、欺き続けて、

ずっと(できるなら永遠に)この世界に居続けたいと思っているのが自我(エゴ)です。

なので、自我はこの世のあらゆるものを駆使して、

嘘がバレないように本質から目をそらさせようとします。

外の世界に投影することで心の内側(源)に意識を向けさせないようにしているのです。


むしろ、そこに焦点を当てようとすると、自我は、怖い、嫌だ、不快と感じます。

そう、自我は、外側の世界に意識を向けさせ、あなたを本質から遠ざけようとするのです。

つまり、怖い、嫌だ、不快といったものを感じさせているのは自我であり、

つまりは、ほんとうの自分からすれば、

嘘が暴かれようとしているチャンスにあるということです。


なにが云いたいのかというと、

この世の幻想から本気で目覚めようとするのなら、

そのことをしっかりと見極めていくことが大事だということです。

それは、自我と向き合う必要があるということ。

自我は、あいまいなままにしておきたいと思っています。

自我は、できるなら目をそらして見逃してほしいと思っています。

そこに妥協するならば、あなたはずっとこの幻想の世界に留まることになります。

そう、何百年、何千年、何万年、

いやもっとそれ以上の永遠という時間の旅をこの世界で繰り返すことになるのです。


自分は、あるとき時間のはじまりも終わりもない瞬間に、

ある一つの嘘を自分自身についたのです。

嘘をついたがゆえにほんとうの自分を思い出すのが後ろめたいのです。

それが、罪悪感というものであり、その罪悪感を自分の外側に投影した世界が、この世界です。

そう、この世界は、最終的にはあなたを罰するため、

つまりは苦しむためにあるのだということです。

この世界では、どんなかたちにせよあなたを絶望させるのがオチだということです。

そのたびに、あなたはそれを神のせいにしてきたのです。


神は、わたしを見捨てたと。

神は、わたしを裏切ったと。


そうではありません。

神を見限ったのはあなたの方です。

神はあなたを一度たりとも見放したことはありません。

むしろ、神はあなたの自由意思を尊重して、あなたが望んだもの与えてくれています。

そして、神は、あなたが幸せであることを望んでいます。


自我は、嘘の世界が白紙になるのを怖れています。

自我は、この世界を現実(リアル)だとあなたに信じ込ませたいのです。


この道は、自我にとっては、きつく、つらく思えるものです。

でも、あなたが自我と向き合っていく覚悟をし、

内なる自己(聖霊)とともに生きることを選択するならば、

この道は、あなたのその思考システムを超越して真の幸せへと導いてくれます。


時間という名の旅を終えて、永遠を生きる道がここにはあります。

それが、コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)の道だといえます。


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ハワイ島ワイピオ渓谷


【注釈】