2017/02/06

量子的世界

わたしたちは、

「この世界は、自分が生れてくる前からずっとあって、

そこにこの自分は生れてきたのであり、この自分が死んでもこの世界はあり続ける」

というふうにこの世界を捉えている。


でも、それはエゴの錯覚である。

それでも、その想念(世界観)は、わたしたちの心の奥深くにしぶとく根付いている。


この世界は、「自分」が生じたときに、この世界も生じたのであり、

この「自分」がいなくなれば、それと同時に、この世界もなくなる。


自分がいなければ、この世界は存在しない。

自分という知覚者、観察者がいなければ、知覚しているこの世界は存在しないのだ。


そう、この身体を自分自身と同一化してしまうと、

この広大な宇宙空間にポツンと生み落とされた孤児のようにさえ思えてくる。

でも、それは偽りである。

錯覚である。


「自分」とは、いまここからこの世界をみているそれである。


日は沈み、日はまた昇る。


自分がこの世界からいなくなっても、日は昇り続けるのだろうか?


誰がために日は昇るのか?


自分がいなければ、この世界は存在しない。

自分という知覚者、観察者がいなければ、知覚しているこの世界は存在しないのだ。


この世界をそのように知覚しはじめるとき、

わたしたちは、本当の自分というものを思い出しはじめることになる。

卑小な存在であると思っていた自分は偽りだった、と気づくとともに、

自らの光(神秘力)を取り戻すそのはじまりになるであろう。


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