2017/04/06

セラピーというものについて今想うこと

心理セラピストとしての私からみると、

人と関わること自体がセラピーのように思えます。

もっと言えば、この世界と関わること自体がセラピーなのだと思うのです。


なぜなら、自分の一部である他者によって自己は救済されていっているといえるからです。

本来は、他者などいなくて、すべては自分が自分にしていることではあるのですが、

それこそがこの世界のしくみというものであり、

わたしたちがこの世界に生きているゆえんなのだといえます。


わたしたちは、癒されるためにこの世界に生きているのであり、

癒される必要がなければ、もうこの世界を必要としなくなるでしょう。


話を戻せば、生きている人生そのものがセラピーであるからして、

あえてセラピーという形態をとる必要もなく、

もはやセラピーというものすら必要ないとさえ思うのです。


だれもが、それぞれの人生を通してそれぞれのペースで神の元(源)に帰ろうとしている、、、


そこからみるとき、この自分はいったい何をしているのだろう?とさえ思えます。

セラピーとは、いったい何をしているのだろうか?


それは、他のあらゆることに対しても同じことが言えるかもしれません。

本来必要のないものをあえて意味ありげにそこに必要性をもたらして、

それをあたかも価値あることかのようにしてきたのがこの世界であると。


本来は、もっとシンプルなのだと思います。

本来は、もっとシンプルでいいのだと思います。


そういう意味でいえば、こんなことを言っていいのかわかりませんが、

心理セラピストとしての私にとっては、もうすることがないようにも思えるのです。


もし、することがあるとするならば、

ただ心を静かにして、ただ心を穏やかに、

この世界のそのままをゆるして、

この世界のあるがままを祝福して、

内なる神の平安の中に佇んでいることだけではないだろうかと思うのです。


IMG_2137.jpg


スポンサーサイト