2017/07/03

なんという地道な道でしょう

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今日は、私とのセッションを通じて一緒にコース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)を

学んでいらっしゃるRさんからのメールをご本人のご了承のもとに紹介させていただきます。


兄弟(友人)に対してのRさんのその在り方に、私も教えられる思いがしました。

Rさんに感謝します。

ありがとうございます。


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<RさんのACIM実践体験記>


昨日はレッスン61の「私は世の光である。」でした。


昨日久しぶりに古くからの友人とメールをしました。

今はとても幸せに暮らしているけれども、人間関係が苦手とのこと。

特に子供のママ達の集団、同性の集団の中には入れない。

学生時代にいじめにあっていたあの時のことが忘れられなくて自信が持てない、と。


彼女は完全に学生時代のいじめられた自分を分けて別の檻に入れたまま今も共に生きている。

つまり今でも救われずにいじめられてる悲しい子がいるわけですよね。

(自分がしていただいたセラピー(セッション)の経験からそのように想像するわけです)


20年近く前にも同じ話をわたしは聞いていました。

ということは20年間その子はその状況下にいると思われます。


セッションで解放したらいいのに、と余計なことを思う。

少しだけそんな話もしてみる。でも彼女は望んでいない。というか、ピンと来ていない。

ということで、今のわたしが出来ることは

話を聞きながら(メールを書きながら)

そのいじめられた当時のあなたには本当は何の罪もないよね、と伝えることだけでした。

今と同じでその時だってそのままの彼女でよかったはずだ、と。

彼女が楽になるように、とかセラピーをしてみたいとかそんなことはなく

(以前の自分ならそんな思いもあったと思います。そうすることで自分を必要とされたいという思い)


その今もまだ檻の中に入っているままの子があまりにも不憫で

心からあなたには何の罪もないと伝えたのでした。

と、同時に自分の心も癒されたのです。

ということはわたしにも罪は無いんだ、と内側から自然と溢れ出てきたのです。

今朝彼女から「久しぶりにゆっくり眠れたよ、ありがとう」というメールが届いたのですが

彼女が癒された、というよりは

わたしが癒されたんだ、と思いました。わたしの一部が赦された。

その不憫な子はわたしの投影だったのですね。


なんという地道な道でしょう(笑)

そして大切な人と自分をも癒されるのなら、なんて優しい道なのでしょう。


「私は世の光である。」というタイトルを最初に目にした時はとても恥ずかしかったです。

それは文章にもあるようにわたしは自分自身の偶像に付与した特徴のどれかについて

語られたものだと思ったからです。このわたしが光!!と(笑)

その後、それは神により創造されたままのあなたについて語っている、とありました。

そうです、神が創造したままのわたしは光です、と思えます。


私は世の光である。

それが私の唯一の機能である。

それが、私がここにいる理由である。


昨日の友人とのやりとりがシンクロしたので、これまたご報告です。


わたしはコースの学習を始めたばかりの者です。

そんな中での報告なので、確信も持てず、ただ起こったことを時系列に書くばかりで

ついつい長くなってしまいます。

中には稚拙な考えから誤解をしている箇所もあるかと思います。

それは今後セッション等で教えていただけたら幸いです。


何よりそのような文章を読んでいただけることに心から感謝しております。


ーRさんからのメールよりー