2017/08/27

ことばを超えて

真理とは、この世を超越したものです。


そもそもが真理とはこの世を超越したものであり、

とうていわたしたちには理解不可能なものであるにもかかわらず、

ちょっとした一瞥体験(啓示体験)をしたり悟りの体験をしたりすると、

わたしたちは、ことばというものを使って、真理をこの世に持ち込もうとしてしまいます。


ときに、わたしたちは、真理をことばにして、真理をこの世に持ち込もうとして、

本来、自分が果たすべき赦しの機能を忘れてしまうことすらあります。


真理をこの世に持ち込もうとするのではなく、

この世を超えて真理へと向かうことが、わたしたちの本来の機能であるからです。


真理をこの世に持ち込もうとすることは、

まさに、イエスをこの幻想世界に引きずり込もうとするようなものだと言えます。

そして、それが長い歴史の中でこれまでのわたしたち人間がしてきたことだといえます。


コースの中で、イエスは「この世界から出なさい」とわたしたちに呼びかけています。


そして、イエスこそ、その生き方そのもので真理を語った存在だといえます。


Beyond words,express by attitude.


ことばを超えて。

ことばで語ることよりもその在り方で語れるように。


それは、ただ実践していくだけ、ということなのだと思います。


私も、そこから生きれますように。


そうなりますように。


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2017/08/26

心の中の闇に光を当てる

だれもが、自分の内側に闇(怖れ、罪悪感、罪意識)を隠し持っています。


というのも、「自分はこの世界にいる」と知覚しているということ自体が、

自分の無意識に闇を隠しているということだからです。


それは、この世界にいるだれもがそうだということです。


そして、スピリチュアルな道を歩む探究者のわたしたちは、

自分の内側に闇を隠したまま、この世界から目覚めようと試みているわけですが、

それはとうてい不可能なことをしていると言うことができます。


自分の内側に闇(怖れ、罪悪感、罪意識)を抱えたまま、

この世界から目覚めようとか、輪廻転生を終わろうとか、神のもとに帰ろうとか、

そういうものをいくら求めてもそれはけっして成し得ないということです。


わたしたちは、自分の心の中に闇を隠し持ったまま目覚めようとしているのであり、

あり得ない(絶対に成し得ない)無謀なことをしているということです。


ということは、

自分の心の中の闇を直視していくことが、どれだけ重要なことかが分かるはずです。


でも、わたしたちは、そういうことしなくてもこの世界から目覚められると信じています。


あるいは、神聖なるもの、清らかなもの、光、真理、愛、、、

そういったものだけを求めていけば真理に到達できると思っています。


スピリチュアルな道を歩む探究者で、そういったことは、よくあることです。


そして結局は、二元性世界の中でいつまでもスピリチュアルの旅を続けることになります。


たとえ一元論の世界(非二元)を理解していても、

あるいは一瞥体験した者たちですらこの世のものにかまけている場合もよく見受けられます。


たとえば、ノンデュアリティ、悟りと称して、

他者に向かって真理について語ることに夢中になっている教師たちもいます。


結局のところ、自分の内側の闇に目を向けさせないように、

自我の罠に騙され続けているということです。


内側に目を向けるならば、闇が幻想であることがわかるからです。


さらには、そうなるとき、

闇を隠すために作られたこの世界はその意味をなさなくなるからです。


自我は、わたしたちをこの世界から目覚めることから遠ざけたいのです。


それとはまた対照的に、自己の内側に意識は向かってはいるものの、

どのように自分の内側と向き合っていけばいいのか?がわからないまま、

瞑想ばかりに励んでいる探究者もいます。

悟りに達するにはただひたすら瞑想をし続けるしかないという具合に、です。


ようするに、この世界から目覚めたいのならば、神のもとへ帰りたいのならば、

自分の無意識の闇に取り組んでいくことが必要不可欠だということです。


そして、私からお薦めしたいのが、「心理セラピー」というものです。


自分の心の中(内側)を癒していくことが重要だということです。


とくに、目覚めたい、とか、幸せになりたい、というのなら、なおさらです。

まずは、自分の心の中を癒していきましょう、ということです。


心の中の闇に光を当てる、とは、そういうことです。


つまりは、聖霊と共に、闇を直視するということです。


そして、聖霊は、闇を取り消してくれます。


そのとき、癒し、知覚の訂正とともに、赦しがなされることでしょう。


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2017/08/15

蒼い書物に出会えて

数年前は、コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)のテキストを読んでも、

気づけば文字だけを追っかけていたり、すぐに眠くなったりして、

なかなか読めたものではありませんでした。


ようするに、私はその内容をほとんど理解することが出来なかったということです。


そんな私も、少しづつテキストを読めるようになって、

素晴らしい!面白い!と感じるようになりました。


その深遠さにあらためて気づかされるとともに、

ハートが開く感覚といいましょうか、ときに心が震えることすらあります。


まるで、イエスが直接この私に語りかけているようにすら感じます。


私にとって、コースを読んでいる時とは、

まさにイエスの存在を感じている時、と言ってもいいと思います。

とくに、テキストを読むときは、そんな感覚になります。


そう、わたしたちは、『ア・コース・イン・ミラクルズ』を通して、

イエスの声(ことば)に触れることが出来るのです。

なんて、ラッキーなのでしょう!

わたしたちが望むのならば、二千年という時空を超えて、

イエスのことばを聞くことができるのですから。


こんな素晴らしくて、こんなに面白い書物など他にあるのだろうか。


この私にとって、コース(『ア・コース・イン・ミラクルズ』)とは、そういうものです。


もはや、この書物以上に私の心を惹くものなどもう無いだろうと思ったりします。


そんな最高の書物に出会えたことに感謝するばかりです。


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2017/08/09

ACIM学習会の定例開催の予告

先日、福岡にて開催された『ACIM学習会 in 福岡』は、

その会の終了後の懇親会も含めまして、

ご参加いただいたみなさん方と充実した時間を過ごすことが出来ました。

私自身もとても楽しく過ごさせていただきました。

ご参加いただいた方々に心から感謝したいと思います。

どうもありがとうございました。


これは私事なのですが、昨年に「ジーニー」から「もりG」に名称を改めて、

その「もりG」としての福岡でのイベントは今回が初めてだったということに気づく次第です。

ジーニーだった頃は、この地元の福岡で頻繁にイベントを開催していたものです。

ですので、今回は、2年間ほどのブランクがあって、ということになりました。


今回のイベント(学習会)は、ジーニーの頃のようにたくさんの方々が集まったわけでもなく、

しかも台風5号の影響もあってキャンセルが出たりしまして、

本当にごく少人数での会になったのですが、

ACIMに関する質疑応答や、「心の五つのレベル」についてのレクチャーや、

赦しの実践を実際にミニセッションでやったり、など、

とても内容の濃ゆい学習会になったと感じています。


私自身も、自分の内側の大きな変化をいい意味でハッキリと実感できました。

それは、以前とはまるで180度、方向転換したようにさえ感じられたほどです。

そのことについては、また、別の機会に記事で書こうかなと思っております。


さて、私事はさておいて、本題といいましょうか、ご報告です。


今回の「ACIM学習会 in 福岡」の開催をきっかけに、私自身も、ご参加いただいた方々も、

「ACIM学習会のような会をやっていきたい」との意見に一致いたしまして、

今後も月一回のペースで定期的に福岡にてACIM学習会を開催していく流れとなりました。

ということで、みなさんにそのことをご報告する次第です。


一応、今後のACIM学習会の予定(あくまで予定です)としましては、

今月(8月)中にもう一回、来月(9月)に一回、

そして、10月には、リトリート合宿の開催を計画しております。


はっきりと決定いたしましたら、その都度、このブログにて告知いたしますので、

どうぞよろしくお願い申し上げます。


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2017/08/06

進化した時代による癒しとセラピー

あなたがこの世界から目覚めたいと望んでいるのなら、

自分の無意識の闇を直視していく必要があります。


コース(ACIM/奇跡講座)では、それを赦しの実践によってやっていくわけですが、

忘却のベールを超えて(無意識の)心のレベルに戻っていき、

さらには、原因のレベルに遡っていくプロセスで「癒し」が起きていきます。


でも、中には、心(内側)に戻っていくことすらも困難な方もおられます。

そういう方は、心理セラピーの力をかりて心の内側をみていくという方法も有効だといえます。


もちろん、心が癒されていくことによって、自分で赦しの実践ができるようにもなります。


わたしたちは、無意識の心を癒すために、この世界にいるのだと言えますし、

そのためにわたしたちはこの世界にいる、と言っても過言ではないといえます。


この時代においては、心理学では心の仕組みが解明され、

スピリチュアリティの道ではこの世の仕組みが解明されてきて、

それにともなって優れた癒し(ヒーリング)やセラピーの手法(スキル)が存在しており、

それもわたしたちの意識の進化の賜物なんだろうなと思ったりします。


なにが言いたいのかと申しますと、

この世界から目覚めていくことが可能な時代になったのではないか?ということです。


それは、2000年前にイエスが生きた時代とは、人類の意識がまるでちがうということです。


というのも、癒し、といった面からみるならば、

それまでの時代はシャーマン、霊能者、神秘家といった特別な人が施す怪しいものだったのが、

今では、特別なものではなく、

だれもが気軽に(無意識の)心を癒すことのできる時代になったということです。


わたしたちは、自分の(無意識の)心の中に闇(怖れ、罪悪感、罪意識)を隠し持っています。


その闇に光が当てられ、癒されていかなければ、

(闇を直視することなく)闇を抱えたままで神のもとには帰れないことを知ってください。


それは、普通に考えてもわかることです。


わたしたちは、だれもが無意識の心の中に癒されるべき闇を抱えているのであり、

それを癒していくことがこの世界に生きているゆえんだということができます。


この世界から目覚めることを求めているのであるのなら、

まず、自分の心の中に闇の部分があることを認めてください。


そして、自分はもっと癒しが必要なのだということを知ってください。


自分の探している「幸せ」とは、こんなものじゃない、と気づいてください。


本当に幸せになる道はそこからはじまるのであり、

その道はあなたのために用意されていることを、どうぞ知ってください。

そして、どうぞ受け取ってください。


聖霊とともに闇を直視する、とは、心の闇に光をもたらしていく、ということです。


その決断は、今この瞬間、あなた自身にゆだねられています。


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2017/08/02

平安へ到達するためのツール

セッションでは、その人が今現在抱えている問題をテーマに、

それをきっかけにして、その人の心の中を調べていくことをしていきます。


なぜなら、その問題の原因となるものといいましょうか、その解決法(答え)は、

その人の心の中にあるからです。


ちなみに、「その人の心の中」と言いましても、

この私も、その人と一緒に心の中を掘り下げていく作業(ワーク)をしていくので、

自分の心の中を内観(内的探索)しているような感覚になります。

そこには、その人の心も、私の心も、区別がなくなってしまうのです。


そのワークのプロセスにおいて、

癒し、赦し、気づき、解放(知覚の訂正)といったものが起こるべくして起きていきます。


かつて(ジーニーと呼ばれていた頃)は、そのプロセスを「自分の整理」と呼んでいました。

自分の内側がどんどん整理されていくにつれて、

真我が開かれていって、神の平安たるものが自分の心を占めていくようになるのです。


そのようなセラピーを施していくことを通して、

私は、深層心理たるもののメカニズムを深く理解していきました。

そして、その理解をベースに独自の心理セラピーは構築されていきました。

私は、自分なりに「(自我の)心のメカニズム」を感覚的に理解していました。

ただ、その理解はあくまでも「感覚的なもの」であって、誰に説明する必要もなく、

自分の中だけでの理解に収まったままでいたのでした。


ちなみに言いますと、その「自分の整理」という心理セラピーは、

自分自身で自己の心の中を内観(内的探索)していきたい方にとっては、

とても有益なものではあったものの、

自分自身以外の他の誰かによって癒してもらうことを求めている方や、

自分以外の誰かに解決(答え)を教えてもらうことを望んでいる方々にとっては、

そのセラピーはあまり価値を見い出されることはありませんでした。

(今では、自分の心の中へと向かう方向こそ、

 つまり、内観(内的探索)していくことこそが真の赦しに至る唯一の道だと言い切れます)


そう、私は、「自我のメカニズム」を感覚的には理解しつつも、

はっきりと概念的な理解として確信したのが、

デイヴィッド・ホフマイスター(著)の『覚醒へのレッスン』を読んだときでした。

そして、それが今現在(2017年8月)における

セッションのかたちに繋がっていくきっかけになったといえます。


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その本の後半部分の「心の5つのレベル」のセクションの箇所(p.511~p.536)は、

じつに興味深く、しかも実用的な内容です。


そこには、「願望(欲求)→信念→思考(想念)→感情→知覚」という図式で、

(自我の)願望が知覚に至るプロセスが示されています。


それは、デイヴィッド・ホフマイスターが、ジーザス(イエス)から

インスピレーションによって与えられたものだと言います。


いくつもの心理セラピー・セッションを通して、

私が自分なりに「心のメカニズム」として捉えてきた考え方と、

そこに書かれてあることがまさにぴったりとハマったのです。


その図は、まさに、平安に到達するためのツールだと言えます。


通常のわたしたちの認識では、

この世界というものが存在していて、

そしてこの世界のなかの森羅万象を五感で知覚して、

それによって感情や想い(思考、想念)が動くのだと、、、

そう考えています。


しかし、真理からすれば、その認識はまったくのあべこべで、

わたしたちは、知覚したいものを知覚しているのであって、

そのために感情や想い(思考、想念)を生起させることで、

本当は実在しないこの世界があたかも存在しているかのようにでっち上げているだけ、、、

と言うことが出来ます。


自分の心が分離を信じていることを自分自身で気付くことがないように、

その真実を隠そうとしてしているのが、この世界なのです。

知覚の世界は、わたしたちから真理を隠すためにエゴによって作られたということです。


もし『覚醒へのレッスン』をお持ちならば、

その本の後半部分の「心の5つのレベル」のセクションの箇所(p.511~p.536)に、

ぜひもう一度目を通されることを私からお薦めします。

その「心の5つレベル」のセクションの箇所を本当に理解するならば、

コースの本編テキストの理解もかなり進むことになるでしょう。

そして何よりも、あなたの癒し(赦し)は、もっとスムーズなものになっていくでしょう。



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