2017/08/13

身体的な老化のプロセスにどう対応するか?

カースティンのトーク音声の翻訳です。


今回は、身体的な老化のプロセスにどう付き合っていくか?という質問に関するカースティンの応えを抜粋してみました。


そして、関連する資料として、どうぞ『奇跡講座 ワークブック』レッスン294をお読みいただくことをお薦めします。


Lesson 294

My body is a wholly neutral thing. 

私の肉体は、完全に中庸(ニュートラル)なものである。

-ACIMワークブックー


・・・・・・・・・・・・


<カースティンのトーク>


コースの中でイエスは、肉体について、「聖霊から離れてしまったという信念、つまり分離の信念を癒す間は、肉体には機能(役割)がある」と述べています。

肉体は、コミュニケーションの道具として、聖霊の目的のために使われます。

その目的とは、心を癒すことですが、肉体を通して話し、ハグし、祈り、癒しのためのコミュニケーションとして使われます。

そして、よりその目的のためだけにわたしたちが肉体を使うならば、他の目的のために肉体を使うことを放棄することになります。

自我は肉体を、プライド・快楽・攻撃のために使うことを目的としています。

わたしたちは、肉体が傷つくまでは、まさか自分がプライド・快楽・攻撃のために肉体を使っているなど、考えも及びません。

もしくは、わたしたちがスピリチュアルの旅を始めて、「こんなふうに、プライド・快楽・攻撃のために肉体を使うのは時間の無駄だ。ずっとそうしてきたけれど、もうこれ以上、そんな目的のために肉体を使いたくない。」と思うまでは、肉体を自我の目的のために使い続けることになります。

これまで自分が、(健康のために)エクササイズをやったり、容姿を良くみせるために多くの時間をかけたりと、プライドのために肉体を使ってきたこと、そして、より良い自己像のために、見た目を良く保つよう頑張ってきたこと、などに気づくときが来ます。

そして、もうそんなことはどうでもいい、前ほど構わなくていい、と思える地点にきたときに、他のあらゆる肉体に関する自我的な目的も剥がれ落ちはじめることになります。

スピリチュアルな目的のコミュニケーションに近づけば近づくほど、肉体に対して、とても優しく穏やかになっていきます。

イエスは、コミュニケーションのためだけに肉体を使うならば、肉体が何かを感じることはできない、と言っています。

本当に、「自分が肉体である」という意識が失せるのです。

そして、完全に聖霊と同一の機能として在るとき、あなたは肉体の痛みを経験することはありません。

コミュニケーションと共に、光があなたを通してやってきます。

そして、もっともっとこのことがフォーカスされるならば、もはや、肉体への裁きや無理強いをこれ以上できなくなるところまで、ますます赦しが起きていきます。

肉体に対して、そんなに重圧をかけなくなっていくのです。


わたし自身、スピリチュアルな旅を始める前は、骨折とまではいかずとも、常に身体に瘤(こぶ)や青アザや切り傷をつくったものです。

よく怪我をしていたのは、無意識に頑張りすぎていたからでした。

しかし、たえず祈り、聞き、聖霊のガイダンスに従っている今、私が注意深く居る限り、聖霊がわたしを何かにぶつけさせたり、切り傷をつくらせたりすることはありません。

肉体は保護されるようになるのです。

~中略~

聖霊は、肉体を保護してくれます。

しかし、個としての自分は、"わたしは何かをする必要がある、しなければいけない、すべきである"と頑張らせるのです。

そんな時、聖霊は、「無理しないで。わたしに耳を傾けてよ。わたしにあなたをガイドさせてよ。」と話しかけています。


老化のプロセスに関してもそうです。

肉体を含めたこの世界のものはすべて、一時的なものです。

すべてのものは、いずれはその生命を完了させるときが来ます。

肉体も例外ではありません。

スピリチュアルなものは永遠ですが、一時的なものは終わりを迎えることになります。

その理解があれば、裁くことや、「わたし」は衰えてきている、「わたし」は老いてきている、「わたし」は状態が悪化してきている、と「わたし」と同一視することが減少するでしょう。


肉体は老化のプロセスをたどっていますが、常に答えとなるのは、「この今、わたしは何をするようになっていますか」ということです。

わたしたちが誰であるかを思い出させてくれる奇跡を呼び込む赦しを実践している間は、その答えは「魔術」と「奇跡」が入り混じったものとなります。

視力が落ちてくればメガネを用意するとか、他の何かのサポートを受けるなどといったガイダンスを受け取ることもあるでしょう。

すべては癒しにまつわることなので、その形(魔術)が何であれ裁きは必要ないということです。


『Consistent Connection through Purpose 29 Jul.2017』より一部抜粋

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


IMG_2410.jpg

自宅のベランダから見た夕方の西の空


IMG_2419.jpg

自宅のベランダから見た東の空に浮かぶ満月


スポンサーサイト