2018/09/01

兄弟の中にキリストを見ていく

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この世界から解放されたくて、自由になりたくて、
ここまで歩んできたスピリチュアル・ジャーニーですが、
今になって思えば、自分はこの世界をよほど否定していたのだと気づきます。

それは、この世界から自由になりたいのではなく、ただこの世界から逃れたかったのだと。

この世界を否定しながら、この世界を手放そうとしていたのですから、
なんという矛盾でしょう。

それで手放せるわけがありません。

この世界を否定していながら、その自分がこの世界から自由になれるわけがありません。

自分は、この世界をそのように見たかったのだといえます。
そうすることで、自分はこの世界にいることができたのです。

そんなスピリチュアル・ジャーニーも今や最後の旅路をたどっていると自覚します。

その旅路は、もう、この世界で何かをすることではありません。

残りのスピリチュアル・ジャーニーにおいて、
私にとってすべきこととは、

兄弟の中に無罪性、無垢性を見ていくこと、
すなわち、兄弟の中にキリストを見ていくこと、

ただそれだけなのかなと。
そして、そのためだけに、この旅の残りの時間が与えられているような気がしています。

もはや、私の中に「この世界から逃れたい」というような
この世界に対する否定的な想いはなくなっていることに気づきます。

むしろ、罪のない世界を見たいと私は望んでいます。
すべての兄弟たちの中にキリストを見たい、光を見たいと私は望んでいます。

この世界での残りの人生の時間のなかで、私はそれを見ていくことを決意する今日この頃です。

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