2018/09/02

問題を問題としては見ない心理療法とは

先日、ある方から、
以前のようなセッション(スピリチュアルサイコセラピー)はもうやっていないのですか?
という質問を受けました。

それにお答えするならば、現在もやっております、という答えです。

現実的なものから、心理的なもの、スピリチュアルなものまで、
悩みや問題を解決したい、癒されたい、心を軽くしたい、ラクになりたい、
といった方々どなたでもセッションを受け付けている次第です。

たとえ、コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース/奇跡の道)を知らなくても、
コースとは関係なくてもいっこうにかまわないというスタンスでやっています。

私自身はコースをライフワークとしているわけですが、
だれもがコースを学ぶべきであるとは思いませんし、勧めようとも思いません。

むしろ、コースはだれもが学ぶようなしろものではないと。
ゆえに、コースを学びたいという方のほうが稀だと思っています。

たしかに、以前の私で言うなら、
思い悩んでいる方やスピリチュアルな探究をされている方とかに対して、
コースを学んだらいいのに、、、ぜひコースを、、、という想いもありました。

でも、コースとはそういうものではないということを本当に理解すると、
その人がコースを学ぼうが学ばないがそういうことはどうでもいいことで、
この世界には他者などいなくて、この自分が学びを深めていけばいいのだ、
ということがわかってくるのです。

そんなふうに私自身が新たな思考システムへとシフトしていっているのを実感するわけですが、
心理セラピストの活動をしている私が言うのもなんですが、
自分が施しているセラピーですらも、
コースで言われているところの魔術であると捉えている次第です。笑

ちなみに、それはけっして「魔術」を否定するものではありません。

コースを着実に学んで実践していくならば、
その視点へとおのずと移行せざるを得なくなっていくということです。

この世界のすべてのものが「魔術」で成り立っているのであり、
つまりは、この世界のすべてが無意味な夢(幻想)でしかない
という視点でみるようになってくるということです。

なにせ、そのような視点でクライアントさんと接しているわけですが、
じつは、それこそが私がずっと理想としてきたセラピストとしてのスタンスだと気づきます。

そう、「問題を問題としては見ないところからセラピーは出来ないのか?」

それが、私がセラピストとして歩みはじめてからずっとテーマとしていた目標だったのです。

何とも皮肉なものです。

もう今やあまり自分ではセラピーとは意識しないでセッションをしているわけですが、
その自分こそが当時理想としたセラピーをしているのですから。笑

自分のしているセラピーを魔術だと自負しつつ、そんなことを想う今日この頃です。

ユリトリート
沖縄ACIMセッションルーム「Palm Church」のシンボル絵画