2016/07/22

心の世界に携わる者として

人は、つねに自分の経験こそが真実であると信じ込んで生きています。

言い換えるなら、自分の真実とするものを経験しているのが、この世界です。


皮肉っぽく申せば、この世に生きているわたしたちは、みんなウソつきだらけです。

だれにウソをついているかといえば、自分自身に、です。

自分騙しのテクニシャン、詐欺師と言ってもいいでしょう。

あたかもそれを現実と思い込ませる天才詐欺師です。

それが、自分だということです。

だれもがそれぞれの人生の中で、それを生きています。

そして、相互に騙し合い、騙され合いながら創り上げられたのがこの世界です。

つまりは、その集団意識のまやかしに、この私もあなたも加担しているということです。

ただ、そうは言っても、

そのことに同意して、それをお互いに体験しているのがこの世界ですから、

だれの人生も否定するものではありません。

だれの生き方も非難するものでもありません。

自分自身をこの世界から足を洗う(目覚める)のも、

あるいはこの世界にどっぷりつかるのも、各々が体験したいことをしているだけです。


さて、そんなこの世に生まれ、生きているわたしたちですが、

生き方、考え方が、スピリチュアルであろうが、スピリチュアルでなかろうが、

なんだかんだ言っても、この世は、心の世界だということです。

いくら唯物主義的な見方で生きようが、

結局は、すべてをそう見ている、そう思っている、そう信じているのは、「心」です。

心が幸せなら、この世は幸せな世界です。

心が苦しいのなら、この世は苦しみの世界です。

極端にいえば、そこがどんなに地獄のような世界であろうが、

心が幸せであるならば、そこは地獄ではなくなります。

所詮、「心」を通して知覚しているこの世は、やっぱり心の世界なのです。


この世界では、自分というものはじつにちっぽけで無力な存在のように思えたりしますが、

じつのところ、すべてが心の反映であるということを見落としてはいけません。

つまりは、すべては自分の心の中に存在しているのであって、

自分の心の中が変われば、この世界が変わっていくのです。

この世界から離れることだってできるのです。

それが。目覚め、というものです。


自分が自分の見ている夢(幻想)に騙されているだけなのです。

それが、この世界なのです。


もし、あなたがそういうものを本気で望むのならば、自分の心と向き合っていくことです。

そこにしか、本当のあなたが探しているものはありませんし、

そこには、あなたが本当に求めていたものが必ずあります。

それは、あなたの本質に関わるものであり、探究するそれだけの価値はあるものです。


求めよ、さらば得られん。叩けよ、さらば開かれん。


心の世界に携わる者として、

心の世界に携わってきた者として、

私は、あなたにそれを云いたいのです。


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