2016/09/13

見逃されてきたイエスの昇天

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        ザビエル教会旧聖堂 (福岡県宗像市)


先日、車で1時間半ほど走らせたところの教会に行ってきました。

その教会が上記の写真です。


この教会は、もともと鹿児島に建っていたものをそのまま福岡のこの地に、

移築してきたということらしいです。


建物の中には、シンプルな祭壇があり、ザビエルの絵画が飾られてありました。


堂内は、イエス・キリストの生涯が10枚の絵画によって飾られ表現されていました。

ただし、私が気になったのは、

その10枚のイエスの生涯の絵画の物語は、

イエス・キリストが十字架に磔にされたところで終わってたということです。

たぶん、多くの方々が、イエス・キリストをそのように解釈しているのでしょう。


でも、本当は、イエスの物語はそこで終わりではありません。


イエスは復活を果たし、その40日後オリーブ山にて昇天した、

ということを多くの人たちが見逃しています。


聖書を読むとイエスの昇天は文字通り、実際に起こった出来事だとわかります。

聖書は、それらを実際に目にした弟子たちによって語られたものです。

つまり、イエス(イエシェア・ゼン・ジョセフ)は、二千年前に実在した人物であり、

その物語は本当にあった実話であるということです。


昨年、バルセロナに旅行したときに、大聖堂の教会を見学した際に、

イエスキリストの生涯が描かれた絵画を観たのですが、

そこにはちゃんとイエスの復活と昇天が描かれてありました。


しかも、「昇天」は、アセンション(Ascension)と表記されていました。


私は、それを目にしてあらためて確信しました。

アセンションということばは、この時代からあった(使われていた)ということ。

そして、私にとってのアセンションとは、これなのだと。

それは、私が求めていた仏教でいうところの「解脱」であるということです。


巷のスピリチュアリズムでは、

アセンションということばがそれぞれの意味で用いられています。

でも、せめて私がアセンションということばと使うとき、

それは、イエス・キリストが成し得たそれだということです。


私が云いたいのは、

イエス・キリストの象徴は、十字架の磔にあるのではなく、

その復活後の昇天(アセンション)にこそ、その真意があるのであり、

私が歩んでいる道は、その道なのだということです。


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