2016/11/18

この世界を放棄する

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自分で言うのもなんですが、

私が記事として書き綴るものといえば、そのほとんどが人間の内面についてばかりです。


もちろん、教育や医療のこと、あるいは、政治、経済、世界情勢について、

まったく関心がないわけではありませんが、

そういうことについていろいろ述べたとしても、

やっぱり、それらは、自分の心の投影であり、

見つめていくべきものとは自分の内面だと思うわけです。


誰々がこうだから、何々がこうだからというふうに、言及する気にはなれませんし、

結局、問題を問題として捉えているうちは、

そこには真の解決というものはないことを知っているからです。


そのことに言及しているうちは、

自分の心の投影である幻想にとらわれているということであり、

なにか言及していくことよりも、

自分が自ら外側の世界に投影したものについての自分の解釈に反応していたのだと、

そう自分で気づいていくことの方が、私は大切なことだと思うのです。


とはいいましても、

まったく外の世界に振り回されていないというわけではありません。

自分の身の周りで起きることで、一喜一憂する私もいます。

それでも、やっぱり、向き合うべき対象は、自己の内面の感情であり、自分の感覚です。


外の現実で起きていることは、

自分の中のある何かが生起するために現実化されたにすぎません。

その宇宙の真理を知る者ならば、

外の世界へではなく、自己の内面へとその原因を探っていくのは当然のことです。

その作業(ワーク)は、大それたことのようには思えないかもしれませんが、

あなたにとって、そしてこの世にいる兄弟姉妹たちにとって、

それ以上のパワフルな影響を与えるものはないことに気づいてほしいと思います。


あなたには、そのちからがあります。

そのちからを疑う者は、この世界の幻想に振り回されて生きることになります

そして、それがこれまでのわたしたちであり、あなたなのです。


向き合うべきは、自己の内面、です。

それこそが、あなた自身が幸せになる道であり、

この世界が祝福されていくための確実な道なのです。


もう、自分の人生を、自分の生きているこの世界を問題としてみるのは終わりにしましょう。

だれかのせい、何かのせいにしながら被害者ぶるのも偽善者ぶるのももうやめにしましょう。

被害者も加害者もありません。

聖職者も偽善者もいません。

だれのせいでもなく、自分のせいでもなく、

すべてが、これでいいのだと、すべてをゆるせるあなたになっていってください。


この世で起きていることを無視しているわけではありません。

まったく関心がないのではなくて、

外側の世界のことは、いちいち言及するに値しないということです。

結局は、この世で起きていることは、自分の中で起きていることです。

とはいえ、そのこと(現象として起こっていること)に焦点を当てているかぎり、

二元の世界(無明、幻想)にすっかりとらわれているということであり、

むしろ、自分の周りに起きているこの二元の世界にとらわれなくなっていくことこそが、

この世界から真に自由になっていくということではないでしょうか。


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