2016/12/01

ドラマの消滅

ドラマや映画には、必ずエンディングがあるように、

自分が見ているこのドラマもエンディングを迎えるときが必ず来ます。


完全にドラマが終わるとき、ドラマをみている自分もいなくなります。

ドラマをみることにも、ドラマに参加することにも意味がなくなり、

それによって自分が知覚しているこの世界も消滅するということです。


真理からみるならば、ドラマのエンディングはすでに決まっていることで、

われわれはすでに書かれたそのシナリオをただ一つ一つたどっているにすぎません。


とはいえ、そのことに無自覚なわれわれはその無智さ(自我)によって、

シナリオをたどってはいるものの、さらなるシナリオを作り出すして、

エンディングを先延ばしにする、ということをしているといえます。

ゆえに、ドラマそのものを終わることが出来ないです。

自我は、このドラマを終わらせたくはないのです。

なぜなら、それは自我の消滅でもあるからです。


つまり、カルマを解放しながら、じつは、さらなるカルマを積んでいるのがわたしたちであり、

それを人生と呼んでいるわけです。

そうやって、われわれは終わりのないドラマを見続けているのだといえます。


でも、そのシナリオを消去していくことで、ドラマを終わらせることが出来ます。

そのシナリオの消去方法とは、ドラマをドラマだと見切っていくこと。

それが、「赦し」というものです。

その赦しを実践していくためにも自覚的に気づいている必要があります。

それが、あらたにカルマを作り出さない秘訣です。

われわれは、この世界をリアル(現実)にすることで、

「赦し」の機会を見逃すことで、カルマを作り出しているのです。

そのことに自覚的にならないかぎり、無智なるがゆえの輪廻を繰り返すことになるのです。


われわれが現実だと思っているこの世界は、自分が見たいように見ているだけのドラマです。

ドラマをドラマだと見切って、そこに登場する人物、出来事、状況、、、

それらすべてを赦していくということです。

それによって、ドラマに動揺させられることもなくなっていきますし、

ドラマのエンディングを迎えるまでの時間が短縮されていくことになります。


ドラマのエンディングを迎えたいか?それともこのままドラマを続けたいか?


前者を選択するとき、この道の歩みははじまるのだと言えます。


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