2016/12/12

石ころはダイヤモンドになり得ない

人は、自分の人生をより良いものにしたいと望んでいます。

なぜなら、幸福になりたい、満足したいからです。

そうやって自分の人生をうまくいかせることに日々躍起になっているのが、

わたしたちがこの人生でしていることだといえるでしょう。

この世界は自分の心が反映された幻想だということもすっかり忘れて、

幻想をより良い幻想に変えていくことにわたしたちは夢中になっているのです。


真実からいうならば、この人生をより良くしていくことと真の幸福や満足とは、

まったく別ものであるということです。

そのことを自我(エゴ)はまったく混同しています。


自我は、この人生をうまくいかせたその延長に幸福や満足があると信じ込んでいます。

「信じ込んでいる」ということばですらもまだ弱い気がします。

というのも、いくらそれらが真に幸福するものではないと知識ではわかってはいても、

それでもついそれらを求めてしまうほど、

わたしたちはこの世界のものを信仰していると言えるからです。


真実でないものは、けっして真実にはなり得ない。


それは、ダイヤモンドではない石をいくら磨いたって、

ダイヤモンドにはなり得ないのと同じです。


ダイヤモンドは、この世界を超えたところにあります。

もっといえば、ダイヤモンドはこの世界にはないのですから。


その真実を知っているのに、

なぜ、あなたは、けっしてみつからないところにダイヤモンドを探そうとするのでしょうか?


もっといえば、なぜ、あなたは、

けっしてダイヤモンドになり得ない石ころに価値を見い出そうとするのでしょうか?


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