2017/01/20

正気の沙汰ではない

死というものについて、

真理からみるならば、

自らの命を絶つという行為も、病気によって死ぬのも、老いによって死ぬのも、

自分自身を死に至らしめるということにおいては、どれも同じである。


この世界においては、だれもが自分で自分の命を攻撃している。

だれもが自分と戦っている。

その心によってこの世界に投影されたものが、病気であり、老いであり、死である。

戦う相手などいないのに、この世界を放棄することが出来ないのだ。

神の愛に抱かれて、すべてを手放して、ゆだねて、

ただ在るものとして存在することが出来ないのだ。


正気の沙汰ではない。

そのことに気づいて、狂気の沙汰の世界から脱しようとする者は少ない。

スピリチュアルな探求をしてきた者ですら、

「本当の命は永遠であり、死なない、死はない」ということを知っておきながら、

輪廻という幻想を終わらせようとする者は、ごく僅かである。


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