2017/02/17

ある一人の心理セラピストとして

過去の私と言えば、

心理セラピストとして自分がしているセッションは、

他のスピリチュアルなセラピーやヒーリングといったものと比べて、

スゴイことをしていると思っていました。

目覚め、覚醒、真我、悟り、非二元、、、

そこにしかわたしたちにとって本当の癒し、救いはないと。

ゆえに、自分は特別なことをしている、、、他のセラピストがしていることとはちがう、と。


そういう想いもあって、自分の役割に使命感を持ってやっていたわけですが、

今となってはもうそんなアイデンティティなんぞ、

本当に無意味だなって気づくのです。

せめて自分自身の目覚めにとっては、本当に何の価値もない、無意味だと。


もちろんセラピストとしての絶対なる自信というものは今も変わりなくありますが、

でも、そういうものと真理、つまり実相とは一切関係がないのです。

まったくの無意味です。


この今となっては、心理セラピストの自分で言うのもなんですが、

実相からみるならば、

自分のしている心理セラピーというセッションは代替品でしかないと言えます。

それは、他のどんなセラピーやヒーリング、そしてスピリチュアリズムも同じことが言えます。

そのすべてが、代替品でしかないと気づくのです。

もっと言えば、この世のすべてのものが実相の代替でしかありません。

実相以外は、すべてそうなのです。


正直、私がそのことを自分で認めてしまったら、

私のセラピストとしての人生はどうなってしまうのだろう?と思います。

もう終わってしまうのかもしれません。

でも、それでいいのだと思います。

とはいえ、どんなことをしていようが、どんな仕事をしていようが、

この世界ではそれぞれみんなが自分の役割をただ淡々と果たしていくことになっています。

この私もそうです。


私自身が、今、大きく解き放たれていっています。

そう、この私は、心理セラピストの中のその一人であるにしかすぎません。

そのスタンスに立ち返るとき、

なんと自分自身が身軽なのだろうと気づくのです。


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