2017/03/28

モクレン

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近所を散歩していると、

木蓮(もくれん)の白い花があちらこちらで咲いているのを見かけます。


「もくれん」と言う時、

そのことばの響きから、つい私は仏教に興味があったせいで、

お釈迦さまの10大弟子の1人である目連(マハ‐モッガラーナ)の方を思い起こします。


目連(もくれん)は、弟子たちのなかで神通第一と言われた人です。

神通とは、普通では見たり、聞いたり、感じたり出来ないことを感じ取る超人的な 能力です。

現代では、それをサイキック(霊能力)と呼ぶのでしょう。


若い頃は、この私もサイキックみたいなものに憧れや特別性を見て、

その能力を求めてたりしたものです。

でも、今ではまったくそういったものに興味すらなくなってしまいました。

必要としなくなったと言った方が正しいかもしれません。


サイキックというものは、

解脱という道を歩むうえにおいてはどうでもいいものだと、私は感じています。

ただ、そういったものはその人にとって必要として与えられているものであり、

またその能力によって癒されることを必要としている人たちもいるのだから、

サイキックを否定するものでもないと思っています。

ただ、そういったものは解脱とはまったく関係のないものであるということです。


むしろ、目覚めて、解脱へと向かっていくと、

そういったものを必要としなくなっていくといえます。

私は今そう感じています。

そういったものにあまり魅力も憧れも特別性も感じない、それでいいのだと思います。


私も自分に与えられた能力というものを自覚していますが、

それを必要としている人たちがいるのであれば、

私はその機能(役割)をただ果たしていくだけなのだろうと思います。


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