2017/04/29

放棄について

放棄すること、手放すことは、本来、歓びです。


ただし、心を伴わずして、かたちのレベルだけで放棄しようとするなら、

それはまるで失うことのように感じられることになります。


そう、この世界や、この世界のものを現実だと思いながら、

放棄する、手放すということをするならば、

それは、喪失、犠牲、虚無、苦しみとして感じられることでしょう。

それはかたちのレベルでやっても意味がないことを意味しますし、

それではかえって葛藤や苦痛を生むだけです。


放棄することや、手放していくことは、エゴにとっては怖れです。

その想いは、エゴによる錯覚(幻想)なのですが、

もし、放棄する、手放すことに対してそのような感覚を感じるのであるならば、

むしろ、その自分の内側に感じているものと向き合うべきだといえます。

そこに向き合っていくならば、そこには解放をもたらす大きなヒントが隠れています。


わたしたちは、目覚めていくプロセスにおいて、

いずれこの世界のすべてを放棄していくことになりますが、

放棄は、かたちのレベルではなく、心のレベルで行われていかなければなりません。


心のレベルで放棄がなされているなら、

かたちのレベルで放棄していくことがなんの抵抗もなくできるといえます。

むしろ、そこには歓びがあります。

より解放されていく感覚や、より自由になって身軽になっていく感覚が伴うからです。


「放棄すること、手放すこと」とは、

幻想に価値を置かないで、神を選択していることと同じことです。

またそれは、聖霊の手にゆだねていくということなのです。

ゆえに、そこには歓びがあるのです。


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