2017/08/01

まず、天の王国を求めよ!

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


今回は、「神にゆだねる、聖霊にゆだねる」ことの重要さをテーマに述べられています。

そこにしか完全な歓びや普遍なる平安がもたらされることはない、とさえ言っています。

わたしたちに求められているものとは、まさに、「信(faith)」なのだと思います。


日本語の翻訳に関しては趣味の域ですので、どうかご容赦くださいませ。


・・・・・・・・・・・・


「まず、天の王国を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう。」

これは、聖書の中の私の好きな言葉です。

そしてまたこれは、これまで私が体験してきたことでもあります。

「まず、天の王国を求めよ」

「まず、実在の平安を求めよ」

「まず、愛を求めよ」

この愛は、欠乏を満たすための小さき愛のことではなく、もっと偉大なる愛、実在のことです。

「そうすれば、すべて添えて与えられるであろう」

なぜこの言葉が真実であるかというと、あなたのための神の計画を受け入れることをあなたが求めているとき、神の恩寵である宇宙の意志と心を一致させることになるからです。


想像してみてください。

「私には、あなたのための計画がありますが、あなたにはこれが遂行できないかもしれません」

「私の計画を達成させるために必要なものを、あなたは手に入れることができないかもしれません」

こんなことを神が云うと思いますか?

それより、「何を置いてもどうか私にみせてください、どうか私を導いてください」と毎瞬毎瞬あなたが言葉にするならば、神の計画を達成するための手段が、常に表れてくることになります。

これが、これまで私が経験してきたことです。


この世界の考え方とは真逆のものです。

この世界では、まず自分に必要なものを受け取ったならば、その証拠をもとに信用する、そして一歩踏み出す、と考えます。

でも、もし必要なものが与えられるまで長い長い時間がかかってしまったら、そのうちにあなたは興味を失って、一歩も踏み出すことをしない、という結末になりますよね。

これは、常にこの世界で起きていることです。

結局は、つまらない人生を送り、妥協し、「人生なんてこんなもんだ」などということになります。


ここから方向転換をして、信頼を深め、信を深め、深く導きに従うことを大切にする方へと向かうのです。

そして、自分のやり方を主張する代わりに、子供のように喜びを持って「私は、私自身をあなたの手にゆだねます」と言うのです。

なぜなら、自分のやり方では、完全な歓びや普遍なる平安がもたらされることはない、という地点に、いつか必ず行き当たることになるからです。



『Seek Ye First Love!-Holland Clips3- 26 Apr.2017』より翻訳

ご興味のある方は、下記に音源のリンク先に貼っておきますので、そちらをお聞きください。

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


IMG_2389.jpg


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント