2017/08/04

心の五つのレベル

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


今回は、内観(内的探索/Inner Inquiry)の重要性が述べられるとともに、内観するツールとして役立つ「心の五つのレベル」についても説明がなされています。


神の意志とは異なった欲求を自分が意志するとき、文字通りに心は分裂します。

そして、この(二元性の)世界にいるわたしたちがまさにそういう状態なのだと言います。


わたしたちは、自らの内側を深く掘り下げていくならば、いかに自分は誤った欲求や信念を抱いてきたか?を心の深いレベルで理解することになります。

そして、その自覚(気づき)こそが、「赦し」をもたらすことになります。


そう、自らの心の中を内観(内的探索)することなしに、赦しはないと言うことが出来ます。


「心の五つのレベル」について申しますと、心理セラピストとして”心”というものに携わってきた私自身にとってはとてもしっくりくるものでありますが、多くの方々にとってはあまり興味のないものに思えるかもしれません。

でも、赦しの実践をしていく上では、この「心の五つのレベル」を知っておくことはとても役に立つものだと私からもお伝えしたいです。


ちなみに、『覚醒へのレッスン』(デイヴィッド・ホフマイスター著/ナチュラルスピリット)の本をお持ちならば、後半部分(p.511~p.536)にも「心の五つのレベル」について説明されていますので、興味のある方はご参照ください。


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<カースティンさんのトーク音声より>


【心のレベル図】欲求が知覚に至るプロセス

Instrument for Peace

DESIRE:欲求 → BELIEF:信念 → THOUGHT:想念 → EMOTION:感情 → PERCEPTION:知覚


心の五つのレベルを表す図表は、とても役に立ちます。

これは明確に奇跡講座に基づいたものです。

デイヴィッド・ホフマイスターがイエスとともに自分自身を内観(内的探索)していたときに与えられた図表です。

「見えるかたちにしたい」とデイヴィッド・ホフマイスターが言ったときに、イエスのガイドを受けてこのような円を描いて表されました。

形而上学的にみていくと、「知覚」は円の一番外側にあります。

ご存知の通り、この知覚している世界は、わたしたちの想念が映し出されたものです。

通常、あなたが感情的になっていたり、何かについて混乱しているとき、世界が原因となってそのような感情を感じているように体験しています。

❛もし、世界がこうでなければ、私がこんな想いをすることはない❜と。

しかし、コースの形而上学で知っての通り、内側へと探索していくことは、まったくこれとは真逆なのです。


心の芯(中心)にあるのは、「欲求」または「祈り」です。

すべてのものは、その中心にある欲求や祈りから来ているし、わたしたちが知覚しているこの世界も、すべて欲求や祈りから来ています。

今日のこの集まりは、

「真理は、あなたの欲求を通して取り戻される。それは、あなたが真理以外の何かを欲することにより失われたからである。」(テキスト第20章Ⅷ.1.2)

というところから始まりましたね。


わたしたちの「欲求」や「祈り」がただ一つであり、純粋に神のみを求めるとき、それがわたしたちが体験することとなります。

私が、神の平安を欲し、ただ神の平安だけを求めるならば、神の平安のみを知ることになるでしょう。

もし私が、それ以外の経験をしているのならば、私は何か他のものを欲しているに違いないのです。

ここが、わたしたちが決断できる場所なのです。

わたしたちは、選択することが出来ます。

わたしたちは、思考の方向性を選択することを、自分でコントロール出来るのです。

これだけが、わたしたちがコントロール出来ることです。

重要な点です。

外側の世界については、コントロールすることが出来ません。

なぜなら、それは心の奥深いところにあるものをただ映し出しているだけだからです。

もし、神よりも他のものを望んだとしたならば、例えば裕福なビジネスマンになる、、、など、それはあなたの欲求を分裂させることになります。

あなたは、一方で神の平安を望み、一方で裕福なビジネスマンを望むのです。

それは、欲求の分裂であり、心の分裂とも言えます。

あなたの心が矛盾を抱えている、ということです。

なぜなら、あなたは二つの対抗した願いを求めているからです。

神からのものを求め、同時に、エゴからのものも求めているのです。

一見するとそれは全く関連性のないものに見えます。

しかし、あなたは分裂した心の矛盾が映し出された世界をみる(受け取る)ことになります。

‛お金’や‛裕福なビジネスマン’を信じ込むならば、外側の知覚する世界に裕福さと貧困を見ることになります。

あなたの心の中の信念や欲求により、あなたは二元性を見ることになるのです。

お金のある世界とお金のない世界を見るのです。


そこで、自分の心がどういうふうに関係しているのか?を紐解くことができます。

あなたは、あなたにとって価値のないものを知覚していることを信じられますか?

それは、あなたの癒しのためなのです。

そして、自分が「真に欲するもの」まで戻っていって見る必要があります。


わたしたちが、神のみを「欲求」すれば、神の平安だけを経験します。

心のレベルの他の層も「欲求」と一致することになります。

わたしたちが、聖霊と心を一致させることのみを「信念」とするならば、赦しが信念となります。

その信念だけを、心が認識することになります。

「想念」が、ただ神のみと一致するならば、純粋な愛の想念、永遠なる想念、平安である想念、無垢な想念、神と共にいるという想念を聞き、感じ、経験することになります。

「感情」は、二つしかありません。

もちろん、一つは「愛」。

ただ、二つの感情ですが、もしあなたがエゴと一致するならば、「怖れ」という感情、いらだち、怒り、憂鬱、挙げると切りがありませんが、等々を感じることになります。

あなたが神と一致するならば、感情は平安、楽しみ、幸せなどの言葉で表現される愛を感じるでしょう。

あなたが、統一した世界の知覚を欲求するなら、知覚するこの世界は統一された世界となります。

あなたが見るのは、癒された心の反映となります。

これが、幸せな夢です。

悪夢の反対として幸せな夢を知覚します。


心の大半は、分裂した「欲求」によって生じた結果を経験しています。

そこで、「自分の内側を知る」ー私は見たい。私は、私が何を欲しているのかを見たい。そうすれば、私は自分が真に欲しているものを見ることが出来る。ーという内観(内的探索)が重要となります。



『Inner Inquiry: Conditions and Flow, Levels of Mind in Holland  14 Apr.2017』より

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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