2017/08/30

Stop Hiding , Start Giving 2/8

フランシスのトーク「Stop Hiding , Start Giving」の翻訳のパート2です。


パート1:Stop Hiding , Start Giving 1/8


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実際のところ、わたしたちはすでに、繰り返される苦しみの中に生きていますし、その苦しみに対する忍耐力は制限なくどんどん増していっています。

にもかかわらず、わたしたちは、

「わたしの人生、そんなに悪くはない」

「自分でも完全に幸せではないことはわかっているけど、そんなに悪くもない」

と容易に言ってのけます。

「わたしは、慣れ親しんだところにいるし、周りにはよく知っている人々がいて、その人たちともある程度距離をおいて付き合えるし、お互いにその付き合いをわきまえている。わたしの感情を爆発させるほどの境界線を越えて、その人たちがわたしに入り込むこともしない。わたしはなんとか人生をやっていってるし、ある程度好ましく思えることもあるし、だからこれでいい。最適とは言えないけど、普通に暮らせる家もあるし、これでいい。すべてこれでOKとしよう」と。


聖霊もイエスも、この人生において、わたしたちが良い感じと思っているものをあきらめさせようとしているのではありません。

わたしたちは、OKと思えるわずかな事や、すでに持っているわずかな物をあきらめるように求められているわけではありません。

そうではなく、わたしたちがこれで良しと思っていることが、どれだけ妥協しているのかということを見なさい、と求められているのです。

この瞬間に持てるすべての幸せに対して、わたしたちは妥協しているのです。


数週間前、わたしはあるビデオを見ました。

その中で、ある男性が、聖者と普通の人の違いについて話していました。

彼曰く、違いは、普通の人は無価値なものをも受け入れるが、聖者は神以外の何ものも受け入れないというのです。

ただ、本当に神以外の何ものも受け入れない、圧倒するほどの歓びや幸せ以外の何ものも受け入れないということができるようになるには、まず第一に心の訓練をしなければなりません。

通常のものの見方や普通の話しから聖霊の解釈の方を選択することは、一見、慣れ親しんだ思考パターンや普通の考え方に逆行する方向へと向かうように見えます。

しかし、それは大変なことではなく、一度わずかでも経験するならば、二度と戻りたいとは思わないでしょう。

「聖霊がわたしに苦しみや犠牲を求めるかもしれない」という種類の話しや考えによる内面の戦いは、疑問というかたちであがってきます。

でも、それは、「聖霊の助けを選択する」という深い経験の前にあがってくるものであって、ひとたび経験すれば、決して後ろを振り返ることはありません。


ーYouTube「 Stop Hiding, Start Giving 」の一部より抜粋翻訳ー


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