2017/09/09

信仰心

私の心は、ほぼいつも平安のなかに留まっています。


その平安は、私にとって自然な状態になり変わってしまったことに気づきます。

かつての自分、つまりこの道を歩む以前の自分と比べるならば、その心の状態は雲泥の差です。

まるで天国と地獄くらいの違いがあります。

とはいえ、私はまだ天国(天の王国/神のみもと)に帰したわけではありません。

この世界に存在しているとは、そういうことです。


そう、私がいつも平安でいられるのは、神と共に在るからであり、聖霊と共に在るからです。


神と共に、聖霊と共に、、、だからこそ、そこに平安があります。


それなしで平安でいられることなんてあり得ません。


想像するだけでも、ゾッとします。

その世界とは、まさに、神不在であり、自分の力で生きていた世界のことです。

それは、孤独で、不安と怖れからはけっして逃れられることはない、かつての自分が生きていた世界です。


思い出すだけでも、ゾッとします。

というか、考えられない、あり得ない、、、ばかばかしいという気にすらなります。

そして、もう決して戻りたくはないと思います。


でも、その世界すら、この自分が作り出していた世界だったことも自覚しています。

そんな無謀で、あり得ない世界を、自分が勝手に妄想して体験していただけだということです。

そして、その世界をこの今もなお自分は体験し続けているということです。

この世界にいるかぎり、この私もまだまだ自分が作り出したこの世界から完全に自由になったわけではないということです。


だからこそ、聖霊と共に、聖霊に導かれて、ジーザスに導かれて、私はこの世界から完全に自由になる道を歩んでいるのです。


その道は、完全なる平安へ帰る道であり、神のみもとへと帰る道です。


ジーザス(イエス)と共に、

聖霊と共に、

神のみもとへ。


これを信仰心と言うのでしょう。


もうそれなしでは生きてはいけないと気づく今日この頃です。


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