2017/09/19

他ならぬわたしでした

プライベートセッションを通して、一緒にコース(ACIM/奇跡講座)を学んでいる方から、セッションの感想レポートをいただきました。

その感想レポートの内容が、コースを学んでいる方々にとってとても参考になるかと思いましたので、ご本人のご了承のもとにシェアさせていただきます。


赦しの実践においてわたしたちがすべきことは、心の中に闇(罪悪感)を隠しているのを明るみにして、それを聖霊に差し出していく(取り消してもらう)ことだといえます。

それなしで神のみもとに帰るということはあり得ません。心に闇を抱えたままで目覚めるということはあり得ないということです。


それは、きのうまで連載していたフランシスさんのトーク記事「Let go and forgive(解放とゆるし)」ともリンクしていると思います。

ご興味のある方は、ご覧くださいませ。


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もりG 様

昨日はセッションをありがとうございました。


昨日のセッションで出てきた、黒いもの。
煙。全てを包み込む得体の知れない闇。
これだけは触れてはいけない。
大元(根底にあるもの)。
今までとは次元の違うもの。
でもそれがわたし。
わたしの始まり。

全てはわたしが作っていたこと。
自分を監視するために、友人を配置した。
自分がずっと罪悪感を感じていられるように。
その人の目を通して。

それで今朝また思い出したことがあります。

昨日のセッションでお話したことと似ているのですが
(当時、)ある友人をわたしは結婚式に呼ばなかったのですね。正確にいうと、うっかり連絡するのを忘れたのです。
そんなことある?と自分でも思いますが、
あったのです。小さな頃のうっかりを繰り返してますね。

彼女から今度結婚するんでしょ?と言われ気づいたのですが後の祭り。そしてその時謝って招待することができませんでした。

その後も彼女とは数年に一度顔を合わせます。
彼女に嫌われてるとは思いませんが、会うたびあの時のことを思い出します、傷つけたかな、悪かったな、と。

これも自分を罪に縛り付けておくためなのかな、と思いました。

開き直るつもりはありませんが、定期的に思い出しては落ち込むので、そうゆうことなんだろうと。

こんな風にしてこの世界に自分を縛っておく。
その為に仕掛けたこと。自作自演。

他にも思い当たる(自我の)仕掛けはたくさんあります。
これらを1つ1つ赦していくのですね。
結局その人たちの目を通してわたしを見ているのは、他ならぬわたしでした。
やっぱりショックですね‥
でもそれがわかってスッキリもしています。

わたしがしてきたことは問題を解決することではなくてややこしくすることでした。

でもその時は一生懸命だったので、戦うのではなく癒して解放して浄化してあげたい。

悪役を演じてくれた人にも感謝なのですね。
(その人の) 体を貸して(役を演じて)くれた。

本人を目の前にしてそう思えるかどうかはまだわかりませんが、やることは赦しだけなのですね。

導いて力を貸してくださってありがとうございます。

昨日のセッションの後、ここから始めましょう、というメッセージに泣きました。
ありがとうございます。

自分と関わっていく人、聖霊さんが連れてきてくれる人も、今の自分に都合のいい人だけではないと、これもようやく理解しました(笑)
でも仲間も欲しいです。
心分かち合える友。
現れてくれるといいなと思います。
求めてみます。


長くなりました。
読んでくださってありがとうございます。


(新潟 女性)


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