2018/04/17

聖なる呼び声

わたしたちは、「この自分がいかに満たされていないか、幸せでないか」

ということにまったくと言っていいほど無自覚だといえます。


 無意識的なところではそのことを常に感じているにも関わらず、

この世のものでそれを埋め合わせることに躍起になって、

そのことが不自然なことだとはだれも疑うことがありません。


本当は「幸せ」ではないのに、自分自身を欺いているということです。

まんざらでもない状態でそれなりに満足しているというか、妥協している

というのがわたしたちのしていることです。

もしくは、その状態にマヒしてしまっているといえます。


そんなわたしたちにとって、

「自分は満たされてはいない、自分は幸せでない、自分は不幸である」

と自覚することは真の幸せを求めるためにとても重要なことだといえます。


そして、もしあなたがそう感じているのなら、

ある意味でとてもラッキーだと捉えていいと思います。

なぜなら、その自覚によって真の幸せを求めるきっかけになり得るからです。


自分はまだ真に満たされてはいない、自分はまだ真に幸せではない、と、

わたしたちはもっともっと自覚的になる必要があるといえましょう。


その自覚こそが、真の幸福へと、神のもとへと帰るべく、

あなたをその旅へと誘うことになるでしょう。


コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)の中のジーザスはこう言います。

その旅は、時間の中の旅における最後の旅路になると。

でも、この旅は、けっして一人で歩むというものではありません。

道を示してくれるジーザス(イエス)がいます。

共に歩んでくれる聖霊がいます。


自分は幸せでない、満たされてない、と感じる時、

それは、イエスからの、聖霊からの、聖なる呼び声だと理解していいでしょう。


どうぞ、静かになって、

ハートからの聖なるコーリング(calling/呼び声)にもっと耳を傾けてみてください。

それを試みるとき、あなたはきっとその声を受け取ることでしょう。


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