2018/04/09

にっちもさっちもいかなくなるときこそ

にっちもさっちもいかなくなるときや、
八方塞がりのときこそ、赦しを通してイエスや聖霊に明け渡すチャンスなんだと気づきます。

それは、自分(自我)を明け渡して、この世界を放棄して、
イエスや聖霊にゆだねるようになるための道だといえるでしょう。

自分でどうにかできると思っているうちは、
自分にとってイエスや聖霊が必要不可欠だとはさらさら思っていないといえます。

それはなにを意味するのかというと、
神の国(天国)にはまだまだ帰る気などありませんと宣言しているようなものだと。

ワプニックさんは、こんな言い方をしています。

「もう自分ではどうにもできません、もう自分ではどうしていいかわりません」
 という状態になることをイエスや聖霊はずっと待っているのです、と。
 

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