2018/04/18

聖霊の必要性

これから先に進んでいこうとするとき、
これまでの(自我の)思考体系のままではもう先に行けないと思ったりします。

これから先のことは自分ではわからないし、
もう自分でどうのこうのするものでもないといった感じです。

だからといって、深刻さもありません。

あえてことばにするなら、神の道にいよいよ踏み込むのだなという気がしています。

自分で生きていくのではなく、聖霊に動かされていく、、、
この世界をリアルとするのではなく、すべては唯一の目的のために、
すべてをレッスンとして、この世界をそのための教室として、、、
というふうに思考(考え方)を逆転していかないと先には進めないという気持ちです。

それと共に、聖霊(内なるガイダンス)の必要性、重要性にあらためて気づきます。

「聖霊」でも「大いなる自己」でも「神」という呼び方でもかまわないのですが、
そういった自己を超えた存在なしで、これからの道のりはあり得ないなと思うのです。

これまでの自分は、聖霊をさほど重要だと、必要だとは思っていなかったと気づきます。
むしろ、都合のいいときにだけ聖霊にゆだねるということをしていて、
それ以外は、やはり自分(の力)でどうにかしようとしていたと気づくのです。

この学びも、この人生も、この歩みも、
もう、聖霊なしではこの先へ進むことはできないと感じているということです。

もう自分ではどうしていったらいいのかわからない、
その反面、自分の力ではないところで目に見えない大きな力が働いて導かれている、
というのがいまの私の正直な心境といったところです。

言い換えれば、もう自分でどうのこうのする必要はないのだということなんだと思います。

ただ素直になって聖霊に従っていくのみだと。

もう本気でサレンダーしていくほかないのだと思う今日この頃です。

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