2018/05/25

これは奇跡の道なのだ

これは奇跡の道なのだとあらためて気づきます。

それは、奇跡を体験していくための道であるということです。
そして、体験していくことでそれは確信となっていくのでしょう。

自分は、その道に踏み込んだのだと気づきます。

奇跡はいまここにあることを当たり前に体験していく、、、そのはじまりを予感します。
それと同時に、自分はこれまでどれだけ奇跡を制限、抑圧していたかにも気づかされます。

奇跡というものは、本当は当たり前のことなのだと思います。

それを制限しているのが不平や不満であり、
その不平や不満の心でもって見ている世界がこの世界だと言えます。
この世界とは、その心のままがただ反映された世界である、というふうにも言い換えられます。
そのことを深く理解するとき、本当にこの世界は無いのだということが腑に落ちてきます。

不平や不満はこの世界にはつきものだということ。
自我とは、この世界とは、そういうものだということ。
そして、そうやってわたしたちはいつも奇跡を制限しているということです。
もっと言えば、そうすることで奇跡を隠すことが出来るのです。

幻想の裏側に真理があるように、
「不平や不満」の裏側に「奇跡」が隠されているということ。

さらにいえば、その幻想(不満)を直視しないかぎり、
真理(奇跡)は隠され続けるのだということです。

ということは、自分の心の不平や不満を明らかにしていくならば、
そこに不平や不満を見つけたならば、
それが奇跡と入れ替わるチャンスだということが出来ます。

この時間と空間の中にいるあいだ、
私は、これから奇跡を体験しながら神のもとに帰っていくのでしょう。

そう、これは奇跡の道なのだと、あらためて自覚するのです。
そして、それはもうはじまっていると気づく今日この頃です。

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コメント

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プライベートセッションについて

これから先のことは聖霊にゆだねていくというスタンスでいますので、
一旦、未来の計画をまっさらにするという気持ちでいることをご理解いただけたらと思います。

No title

そうだったのですね。
私はまた沖縄へ引越しされるために一時的なお休みだと思っていました。

Re: No title

ちきさんへ

プライベートセッションについてですが、
本当は「休止」という言い方もできるのですが、
これまでやってきたことを終了するということも含めまして、
今回を機に節目のつもりで一旦終わるというアナウンスをさせていただきました。

もしかしたら今後また、ニーズや必要性があればセッションを再開するかもしれませんが、
だとしても、それは私自身の個人的な意志で決めることではないと思っています。
ですので、とりあえずこれまでやってきたセッションを終わるということにさせていただきたいと思います。


> プライベートセッション終了というのは
> 「福岡での」という意味ですか?^^;

No title

プライベートセッション終了というのは
「福岡での」という意味ですか?^^;