いま知覚しているところから
コース(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)を学習する者にとって、
神だの、愛だの、真理だの、そういったものだけを求めていくのが、
コースではないと知っておいたほうがいいと思います。
コースの学習者であるわたしたちがしていくことは、そういうものではないと言うことです。
むしろ、わたしたちがしていくことは、自我を正視(直視)していくということです。
知覚しているこの世界を、赦しのレッスンのための「教室」としていくということです。
自分は、まだ分離した意識でこの世界を知覚しています。
自分は、まだこの世界をリアルに捉えています。
自分は、この身体がリアルに自分だと思っています。
自分は、この身体が重要だと思っています。
自分は、まだ他者がいるというふうに知覚しています。
自分は、この自分が生ていると思っています。
自分は、自分で決断できると思っています。
自分でどうにかできる、自分でどうにかしなきゃと思っています。
自分は、まだこの時間と空間の世界の中にいると思っています。
本当は時間も空間も幻想でしかないとはいえ、
時間と空間のこの世界を知覚している限り、
やっぱりわたしたちはこの道を前へ歩んでいく必要があります。
その歩みは、いま知覚しているところから、そこからしかはじまりません。
自分の知覚しているものに正直になっていくこと。
この道の歩みは、そこからはじめる必要があるといえます。
コースは、そういう道だと言うことができます。
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