2018/09/15

自分に優しくなろう

自分に優しくなろうって、最近はそう思います。

「優しくなる」とは、どういうことか?と申しますと、
自分を裁いたり、咎めたりするのをもうやめて、
どんな自分であったとしてもあるがままでいようってことです。

この外側の世界に影響されて動揺している自分がいたとしても、
それでいいってことです。

怖れたり、怒ったり、不安になったり、落胆したり、みじめな想いになったりしても、、、
それでいいんだってこと。

なぜなら、その動揺している自分は、
本当の自分(真の自己)とは、一切関係がないのですから。

本当の自分(真の自己)は、一切影響されていないのです。

これまでの自分と言えば、
動揺している自分を咎めてた、裁いてたってことに気づくのです。

「動揺している自分をどうにかしなきゃ」とか
「この動揺している気持ちをどうにかしよう」っていう想いが要らないってこと。
そうやってありのままの自分を裁いていたなぁって気づきます。

たとえば、攻撃したくなる自分(自我)に気づいたとして、
その自分(自我)を咎める必要はないんだなって。

そして、攻撃したくなる気持ちも、それにただ気づいていればいいだけで、
咎めずに、そのままに(自由に)してあげればいいんだってことです。

その気持ちをどうにかしよう、その自分(自我)を変えようとすることは、
むしろ、自我を強めていく(リアルにしていく)ことなんだなって気づくのです。

ただ気づいているだけ。
そこから聖霊と共にただ正視するだけ。
あとは何もしない。咎めない。裁かない。

赦しは、静かにじっとしていて、何もしない。
 、、、ただ見て、待つのみであり、判断はしない。
 ー「ワークブック 赦しとはなにか」よりー

気づいているだけ、、、それでいいんだなって思います。

あるがままに。

なるがままに。

自分にそうさせていくなら、
きっと他者に対しても、世界に対してもそうなれるのだと思います。

もっと自分にやさしくなろう。慈しんでゆこう。

そんなことを想う今日この頃です。

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