2018/09/19

この機能が果たされますように

ホントは、目に映るこの世界は無でしかないのに、
この自分は何してんだろう?って思います。笑

ホントは、何も起きていないのに、
それでも、この世界の事象にいちいちこの自分は一喜一憂しているのですから、
呆れてしまうほどです。

すべては、自分で「神から分離した」と信じたがゆえに、
この分離の世界があたかも実在しているようにみせているだけなのです。

ということは、やっぱりその原因に戻って、
「神からの分離はあり得ない」という聖霊(正しい心)を選び直していくしかない、
ということです。

いわゆる、それが「赦し」というものです。

この世界は、「自らがあえて神からの分離を信じた」という真実を隠蔽するために、
そこに目を向けさせないように、それをごまかすためのトリックだなんて、
いったいだれが気づくでしょう!

この世界にみえているものなんてホントはすべて取るに足らないって、
だれが見抜くことができるでしょう!

それでも、そんなふうにはみえていないのだから、やはり、赦しをしていくほかないのです。

それは、赦しを実践していくほかないということ。

いくら形而上学的に理解したところで、実践せずしてになんの意味があるというのでしょう。

この世界は実在していない、と心底そう思えるまで、
この自分はただひたすら赦しをしていくしかないのだなぁって思います。

むしろ、それ以外、ホントはこの世界ですべきことなんてないのですから。

それが、この自分の機能なのだということ。

この機能が果たされますように。

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