2016/11/02

祈りなさい

自分というものは本当は無力だと悟るとき、

あなたは本当の自分のパワーを思い出すことになります。


祈りなさい。

あなたの心に平安が訪れるまで祈りなさい。

神はいつもあなたと共におられます。

あなたは、ただ、そのことを忘れているだけです。

あなたは一度たりとも神から離れていたことなどありません。

神は、あなたがそのことを思い出すことを望んでおられます。


祈りなさい。

神へと向かいなさい。

あなたの心に平安がある時、神と共にいることを知りなさい。

神は、いつどんなときもあなたと共にあられます。

いつのときも神と共にいることを忘れないでください。


祈りなさい。

あなたが死を迎えるその時まで祈りなさい。

死のその瞬間ですらも神と共にいることを忘れることなく祈りなさい。


そこには絶対なる平安があります。

そこにはこの世のものを超えた神の平安があります。


神があまりにもあなたからかけ離れていると感じているのなら、

『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。』

と言ったイエス・キリストにその祈りを捧げなさい。

イエス・キリストは、あなたの内にいます。

主とは、あなたの中のもっとも崇高なあなたのことです。

あなたの中の内なるイエス・キリストに祈りなさい。


あなたの中のイエス・キリストは、

あなたと一緒に、あなたが迷わぬように、あなたと同じ歩幅で、

必ずや、あなたが帰るべきわが家へと連れていってくれるでしょう。

そして、そのために彼はいまここにあなたの内におられます。

あなたがそれを望む時をずっと待っておられます。


祈りなさい。

祈るのです。

そのすべてを祈りに捧げるのです。



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2016/10/25

自我は光を怖れている

今朝、私は、ある奇妙な体験をしました。


朝、目が覚めつつある意識状態のときに、

なぜか、途方もない不安が押し寄せてきたのです。

思考は、次から次へと不安材料を積み上げるようにその不安を駆り立てていくのです。

人生が行き詰っていくような感覚、、、

その思考の渦にのみ込まれようとした瞬間、

この不安は、これまでも過去に私の人生にずっと付きまとってきた不安だと気づいて、

ハートで感じ切ってみようと、私は、ハートに意識を向けたのでした。


一瞬、私は、あれ!?と思いました。


というのも、私のハートは、全開に開いているのがわかるのです。

今までの経験ならば、ハートが閉じたように息苦しく重たい感じがしているはず、

と思っていたものが、そうではなかったのです。


ん!?これは、本当に不安なのだろうか?


と自分の感覚を疑ってみると、

むしろ、ハートは、ワクワク感というか高揚感というものを感じていたのです。


私は、ただただハートが感じているものを感じました。

ハートは、全開でした。

そこには、平安がありました。

光がありました。

さっきまで渦巻いていた思考たるものは、もはや止滅していました。


なんだこれは?と自分に問うと、こう返ってきました。


「あなたが不安だと知覚していたものは、自我(の思考)だと気づきなさい。

あなたの本当の心は、このハートで感じている大いなる心であり、

その心と、あなたの自我は、互いに相容れないのだと知りなさい。

大いなる心は、あなたの自我が向いている方向とは真反対の方向なのだということです。


あなたは、神に還りたい、神に戻りたいと思っているかもしれませんが、

あなたの自我はそうなることを怖れているのです。

その怖れ、心配、不安、怒り、、、それらを通り抜けて、

わたしのもとに来なさい。

わたしは、それらの幻影の向こうにいます。

リアルではないものから離れて、リアルを求めるのです。
あなたの中には、原初のときに神と共に思考した思いが存在します。

それらの思いは、あなたの心に今も完全に変わることなく存在しています。


自我を手放して、大いなる心と一つになりなさい。

神を選択しなさい。

神と共に歩む道に、失敗というものはあり得ません。

それこそが確実な道であり、あなたを真の栄光へと連れていく道なのです。」




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2016/10/24

永遠の今

神から離れて生きることは、

天の国から離れて生きるのと同じです。

あなたにとって、もう、神から離れて生きるのはあり得ないということを知るときです。

あなたの周りには、少しずつ、神とのつながりを取り戻して生きはじめている人たちがいます。

それは、今のあなた自身を投影した姿でもあります。

そこには、光があります。

心を静かにして、ただ、その流れに委ねるのです。

光へと、神へと向かいなさい。

この世を超えて。

心の雲間を抜けて。

あなたの心に平安がありますように。

あなたにとって、この人生が時間と空間の最後の旅路となりますように。



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2016/08/29

遠離一切顛倒夢想究竟涅槃

般若心経の一節にこんなことばがあります。


「遠離一切顛倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう)

 究竟涅槃(くうぎょうねはん)」


本末転倒しているあらゆる妄想から離れよ、

そして、なにものにも揺ゆらぐことのない絶対なる平安なる心の境地へと至れよ。


それは、生涯をかけて向かう道であり、還っていく方向である。


それは、あなたがスピリット(霊)へと還っていく道でもある。


あなたが、自分がスピリットだと悟るとき、

そのとき、あなたは、この物質世界のすべてにスピリット(霊)をみるようになるだろう。

そして、あなたがスピリットへと戻っていくとき、

あなたの身体とこの物質世界との境界線がなくなっていくのがわかるだろう。


この物質世界は、けっして堅固ではないことを知りなさい。

むしろ、絶対なるものとは、あなたの内にある大いなるそれであり、

この物質世界とは、もろくはかない何の意味もない夢だと悟りなさい。

その肉体もこの物質世界もすべてスピリットへと返しなさい。

この物質世界の幻想から離れなさい。


その先には何があるのか?


あなたがこの人生で真に求めているものは、それだということを思い出しなさい。


あなたは、この世界を通り過ぎて、その先へと導かれていくだろう。


風に導かれていくがいい。

風向きを道しるべに、その風に吹かれてゆくがいい。


自分は、どこに向かっているのか?

どこに行こうとしているか?思い出しなさい。


2016/08/19

痛みについて

あなたがスピリチュアルを求める理由はなんだろうか?

あなたがこの人生で本当に求めているものは何なのか?よく思い出してほしい。


あなたは3次元的なこの世界で豊かになりたいのだろうか?

あなたはこの世界で人生をより良いものにしたいのだろうか?

それとも、あなたが求めているのは、もっと崇高な何かなのだろうか?


人生がそれで満足ならば、それはそれででいいのです。

でも、あなたが満たされていないのであるのならば、

それは、人生が上手くいっていないからなのではなく、

あなたはこの世に生まれてくる前に設定したある目的があることを忘れているからです。

そのことにあなたが気付くために、あなた自身への導きのサインとして、

それは自らの内面からやってくるかたちで不快な感情や感覚を覚えるのです。


あなたが感じているネガティブな感覚や感情は、

そういうったものをあなたが忘れているがゆえに、

エネルギーの歪みとなって顕れてきているのだということを知りなさい。


そのサインに気付かなければ、あなたは、それを「痛み」として感じるようになるのです。

それが、精神的であれ、肉体的であれ、

あなたはそれに気づくまでそれと向き合うことになるのです。

その「痛み」は、嫌って排除するものではなく、愛すべきものであることを知ってください。

もし、「痛み」があるのならば、それが精神的で、肉体的であれ、

もう、あなたには猶予がないということを知ってください。


痛みは、あなたの魂を呼び覚ます導き手です。

苦しみは、あなたの魂が本当の自分へ回帰するための導き手です。


不快な感情、不快な感覚、そして、痛みは、

<わたし>からあなたへの呼びかけだということを知ってください。


<わたし>の声を聴きなさい。

<わたし>を思い出しなさい。

<わたし>は、あなたの内なる声です。

<わたし>は、あなたを愛しています。

いつもずっとあなたとともにいます。あなたを見守っています。


内なる感覚に従って。

内なる<わたし>の声に従って。

あなたの本当の人生の目的が何であったか?

思い出しなさい。


あなたがこれからどこへ向かおうとしているのか?

それは、あなたの想像をはるかに超えたものであるということを知りなさい。

あなたは、あなたの道があります。

その道をあなたが歩んでいけるように<わたし>はここにいます。


感じなさい。内なる<わたし>を感じなさい。

そうすることで、あなたの道は、<わたし>によってこれから開かれていきます。


<わたし>は、あなたです。

<わたし>は、あなたを愛しています。