2017/08/11

自分では何も決めない、聖霊に決めてもらおう!

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


わたしたちが『ア・コース・イン・ミラクルズ』(ACIM/奇跡講座/奇跡のコース)を学んで目指しているところは、自分の内側の「聖霊」という教師から学べるようになることをゴールとしていると言えます。


「自分は一歩後ろに退いて、聖霊に聞き、聖霊に従う」とは、具体的にどのようにして実践していくのか?常に聖霊と共に在ることを日常生活においてどのように実践するか?


そのことについて、カースティンのお母さんが、聖霊と共に買い物をするようになったときのことを例にあげて話されています。(カースティンのお母さんもコースの実践者です)

その話から、普段のわたしたちがどれだけ無意識的な信念によって価値判断して過ごしているかもよく自覚することが出来ます。


(とくに、ACIM教師たちにとっては、)かなり参考になると思います。


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母は、以前、普通の人と同様に’自我的な理由’のもと、食料品の買い物をしていました。

その理由とは、「肉体に食べ物を与える必要がある」というものです。

そして、「何を買うか?」についても、さまざまな判断や判断基準を持っていました。


コースの教え通り、例外を作らないということ意志するならば、

「この買い物リストは、山のような判断と攻撃の想念を持っていないだろうか?(この買い物が)神からの贈り物だとしたなら、どんな感じだろうか?」と、すべてに例外なく同じ目的を持つようになるまでは、それがもたらされるよう進んで意識的にいるようになります。

喜びのために買い物へ行こう!

神聖なる出会いのために買い物へ行こう!

聖霊と繋がる体験のために買い物へ行こう!

もし、祝福されている感じがしなかったら、進んで買い物へ行かないことにしよう!

といった感じです。


母が買い物に行って気づいたことは、まず、オーガニック食品のみを買うことを常としていたことです。

オーガニック食品にまつわるさまざまな信念を解き、それらは本当にガイドされているものか?と聞かなければなりませんでした。

次に、判断基準として彼女が認識したのは、お金についてです。

梨やリンゴを見て、「まぁだいたい同じようなものだから、安い方を買っておこう。今週は梨、来週は安くなるリンゴを、、、」といった具合です。

とても合理的で、論理的で、分別のある買い物ですね。

しかし、彼女は、それらも喜んで手放すことにしました。

リンゴのそばを通ったとき、「リンゴを買いますか?」と感じてみて、もしイイ感じがしたら買うことにしました。

次にリンゴを選ぶとき、一つ手に取ってみてイイ感じがしたら買う、、、二つ目も手に取ってみてイイ感じがしたら買う、、、三つ目を手に取ってみて「いや、もう要らない」、、、といった具合に、すべてをフィーリングによって為されるよう任せたのです。

瞬間瞬間の引き寄せられるフィーリングに任せるのです。

次に、ジャムや蜂蜜やピーナッツバターの売り場に来たとき、「そう言えば、もうすぐジャムがなくなるから買わなきゃ」と思います。

それって、聖霊から促されているのでしょうか?

本当に買いたいものなのでしょうか?

ただの習慣として、または無意識に、やらなければならないこととして完結するのではなく、買い物も思いがけないもの、驚きに満ちたものにさせるのです。


これは素晴らしいトレーニングです。

わたしたちは、たくさんのことを、欠乏感を基準に、またはお金を基準にしています。

山ほどのお金にまつわる信念や欠乏感を、このような母の経験を通して私も見ました。

しかし、ときにわたしたちは意味不明なこともします。

あなたは、こっちでお金を節約してあっちで高価なものを買うのです。

なぜなら、あなたにはその価値がある、と思っているからです。

犠牲を払わなくていい、という価値をです。

あなたは、安い食料品を買うことで’5ドル節約した自分を正当化し、この世で一番高価なモイスチャークリームを買うのです。

本当に馬鹿げていますね。(笑)


あなたは、目の前に見せられるすべてのものから「黄金の体験」を得たいのですよね。

わたしたちは、自分に必要なものはすべて持っています。

それが、ただ在る(presence)という状態です。

わたしたちが持てるものは、私たち自身であり、神との繋がりだけです。

そして、わたしたちがそれを持ったとき、「すでに自分はすべてを持っている」という”気づき”がやって来ます。

わたしたちが神と繋がっていないとき、わたしたちは何も持っておらず、(ゆえに)自我と共に裁こうとし始めるのです。

それだと何も変わりませんし、シフトもありません。


これは、深く掘り下げて見ていくには素晴らしい題材でしたね。

わたしたちは、常に神と共に在るという体験をしていくに違いないでしょう。


『Consistent Connection through Purpose 29 Jul.2017』より一部抜粋

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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2017/08/04

心の五つのレベル

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


今回は、内観(内的探索/Inner Inquiry)の重要性が述べられるとともに、内観するツールとして役立つ「心の五つのレベル」についても説明がなされています。


神の意志とは異なった欲求を自分が意志するとき、文字通りに心は分裂します。

そして、この(二元性の)世界にいるわたしたちがまさにそういう状態なのだと言います。


わたしたちは、自らの内側を深く掘り下げていくならば、いかに自分は誤った欲求や信念を抱いてきたか?を心の深いレベルで理解することになります。

そして、その自覚(気づき)こそが、「赦し」をもたらすことになります。


そう、自らの心の中を内観(内的探索)することなしに、赦しはないと言うことが出来ます。


「心の五つのレベル」について申しますと、心理セラピストとして”心”というものに携わってきた私自身にとってはとてもしっくりくるものでありますが、多くの方々にとってはあまり興味のないものに思えるかもしれません。

でも、赦しの実践をしていく上では、この「心の五つのレベル」を知っておくことはとても役に立つものだと私からもお伝えしたいです。


ちなみに、『覚醒へのレッスン』(デイヴィッド・ホフマイスター著/ナチュラルスピリット)の本をお持ちならば、後半部分(p.511~p.536)にも「心の五つのレベル」について説明されていますので、興味のある方はご参照ください。


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<カースティンさんのトーク音声より>


【心のレベル図】欲求が知覚に至るプロセス

Instrument for Peace

DESIRE:欲求 → BELIEF:信念 → THOUGHT:想念 → EMOTION:感情 → PERCEPTION:知覚


心の五つのレベルを表す図表は、とても役に立ちます。

これは明確に奇跡講座に基づいたものです。

デイヴィッド・ホフマイスターがイエスとともに自分自身を内観(内的探索)していたときに与えられた図表です。

「見えるかたちにしたい」とデイヴィッド・ホフマイスターが言ったときに、イエスのガイドを受けてこのような円を描いて表されました。

形而上学的にみていくと、「知覚」は円の一番外側にあります。

ご存知の通り、この知覚している世界は、わたしたちの想念が映し出されたものです。

通常、あなたが感情的になっていたり、何かについて混乱しているとき、世界が原因となってそのような感情を感じているように体験しています。

❛もし、世界がこうでなければ、私がこんな想いをすることはない❜と。

しかし、コースの形而上学で知っての通り、内側へと探索していくことは、まったくこれとは真逆なのです。


心の芯(中心)にあるのは、「欲求」または「祈り」です。

すべてのものは、その中心にある欲求や祈りから来ているし、わたしたちが知覚しているこの世界も、すべて欲求や祈りから来ています。

今日のこの集まりは、

「真理は、あなたの欲求を通して取り戻される。それは、あなたが真理以外の何かを欲することにより失われたからである。」(テキスト第20章Ⅷ.1.2)

というところから始まりましたね。


わたしたちの「欲求」や「祈り」がただ一つであり、純粋に神のみを求めるとき、それがわたしたちが体験することとなります。

私が、神の平安を欲し、ただ神の平安だけを求めるならば、神の平安のみを知ることになるでしょう。

もし私が、それ以外の経験をしているのならば、私は何か他のものを欲しているに違いないのです。

ここが、わたしたちが決断できる場所なのです。

わたしたちは、選択することが出来ます。

わたしたちは、思考の方向性を選択することを、自分でコントロール出来るのです。

これだけが、わたしたちがコントロール出来ることです。

重要な点です。

外側の世界については、コントロールすることが出来ません。

なぜなら、それは心の奥深いところにあるものをただ映し出しているだけだからです。

もし、神よりも他のものを望んだとしたならば、例えば裕福なビジネスマンになる、、、など、それはあなたの欲求を分裂させることになります。

あなたは、一方で神の平安を望み、一方で裕福なビジネスマンを望むのです。

それは、欲求の分裂であり、心の分裂とも言えます。

あなたの心が矛盾を抱えている、ということです。

なぜなら、あなたは二つの対抗した願いを求めているからです。

神からのものを求め、同時に、エゴからのものも求めているのです。

一見するとそれは全く関連性のないものに見えます。

しかし、あなたは分裂した心の矛盾が映し出された世界をみる(受け取る)ことになります。

‛お金’や‛裕福なビジネスマン’を信じ込むならば、外側の知覚する世界に裕福さと貧困を見ることになります。

あなたの心の中の信念や欲求により、あなたは二元性を見ることになるのです。

お金のある世界とお金のない世界を見るのです。


そこで、自分の心がどういうふうに関係しているのか?を紐解くことができます。

あなたは、あなたにとって価値のないものを知覚していることを信じられますか?

それは、あなたの癒しのためなのです。

そして、自分が「真に欲するもの」まで戻っていって見る必要があります。


わたしたちが、神のみを「欲求」すれば、神の平安だけを経験します。

心のレベルの他の層も「欲求」と一致することになります。

わたしたちが、聖霊と心を一致させることのみを「信念」とするならば、赦しが信念となります。

その信念だけを、心が認識することになります。

「想念」が、ただ神のみと一致するならば、純粋な愛の想念、永遠なる想念、平安である想念、無垢な想念、神と共にいるという想念を聞き、感じ、経験することになります。

「感情」は、二つしかありません。

もちろん、一つは「愛」。

ただ、二つの感情ですが、もしあなたがエゴと一致するならば、「怖れ」という感情、いらだち、怒り、憂鬱、挙げると切りがありませんが、等々を感じることになります。

あなたが神と一致するならば、感情は平安、楽しみ、幸せなどの言葉で表現される愛を感じるでしょう。

あなたが、統一した世界の知覚を欲求するなら、知覚するこの世界は統一された世界となります。

あなたが見るのは、癒された心の反映となります。

これが、幸せな夢です。

悪夢の反対として幸せな夢を知覚します。


心の大半は、分裂した「欲求」によって生じた結果を経験しています。

そこで、「自分の内側を知る」ー私は見たい。私は、私が何を欲しているのかを見たい。そうすれば、私は自分が真に欲しているものを見ることが出来る。ーという内観(内的探索)が重要となります。



『Inner Inquiry: Conditions and Flow, Levels of Mind in Holland  14 Apr.2017』より

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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2017/08/01

まず、天の王国を求めよ!

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


今回は、「神にゆだねる、聖霊にゆだねる」ことの重要さをテーマに述べられています。

そこにしか完全な歓びや普遍なる平安がもたらされることはない、とさえ言っています。

わたしたちに求められているものとは、まさに、「信(faith)」なのだと思います。


日本語の翻訳に関しては趣味の域ですので、どうかご容赦くださいませ。


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「まず、天の王国を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう。」

これは、聖書の中の私の好きな言葉です。

そしてまたこれは、これまで私が体験してきたことでもあります。

「まず、天の王国を求めよ」

「まず、実在の平安を求めよ」

「まず、愛を求めよ」

この愛は、欠乏を満たすための小さき愛のことではなく、もっと偉大なる愛、実在のことです。

「そうすれば、すべて添えて与えられるであろう」

なぜこの言葉が真実であるかというと、あなたのための神の計画を受け入れることをあなたが求めているとき、神の恩寵である宇宙の意志と心を一致させることになるからです。


想像してみてください。

「私には、あなたのための計画がありますが、あなたにはこれが遂行できないかもしれません」

「私の計画を達成させるために必要なものを、あなたは手に入れることができないかもしれません」

こんなことを神が云うと思いますか?

それより、「何を置いてもどうか私にみせてください、どうか私を導いてください」と毎瞬毎瞬あなたが言葉にするならば、神の計画を達成するための手段が、常に表れてくることになります。

これが、これまで私が経験してきたことです。


この世界の考え方とは真逆のものです。

この世界では、まず自分に必要なものを受け取ったならば、その証拠をもとに信用する、そして一歩踏み出す、と考えます。

でも、もし必要なものが与えられるまで長い長い時間がかかってしまったら、そのうちにあなたは興味を失って、一歩も踏み出すことをしない、という結末になりますよね。

これは、常にこの世界で起きていることです。

結局は、つまらない人生を送り、妥協し、「人生なんてこんなもんだ」などということになります。


ここから方向転換をして、信頼を深め、信を深め、深く導きに従うことを大切にする方へと向かうのです。

そして、自分のやり方を主張する代わりに、子供のように喜びを持って「私は、私自身をあなたの手にゆだねます」と言うのです。

なぜなら、自分のやり方では、完全な歓びや普遍なる平安がもたらされることはない、という地点に、いつか必ず行き当たることになるからです。



『Seek Ye First Love!-Holland Clips3- 26 Apr.2017』より翻訳

ご興味のある方は、下記に音源のリンク先に貼っておきますので、そちらをお聞きください。

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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2017/07/28

真の共感と無垢性 - 後半 Q&A -

前の記事(前半)のつづきです。


兄弟のなかに問題を知覚するとき、それは自分自身の心の中の問題であり、

その問題は実在しないものと見るまで自分の心を癒す必要があると述べられているのは、

じつに奥深いです。

それこそが、真に非二元を生きる者の実践的な在り方だといえます。

カースティンさんのその姿勢は、「神の教師」としての在り方として本当に心打たれます。


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質問者:

奇跡講座の学習が進むにつれて、この世界の人々がどれだけ罪悪感を感じているかが、よくわかるようになりました。

私の中の罪悪感は、だいぶ癒されてきたと思いますが、外側にはたくさんの罪悪感を抱えている人々を見ます。

そんな彼らに、「そんなに弁解したり、謝ったりしなくてもいいのですよ」と言いたくなったりもしますが、実践的にどのように対応したらいいのでしょうか?


Kirsten:

これは、あなた自身の癒しについていえます。

もし、あなたの前に現れた人に罪悪感を知覚し、そのことが引き金となって何か感情を感じたり、その人によって心が乱された場合、それはあなたの心の中の罪悪感を映し出し見せているということです。

その場面でどう応答するかは、祈りしかありません。

祈りのみがその瞬間、愛を求める姿に対して応えることができます。

さまざまな方法が助けになるでしょうが、例えばそれは、何も言わないことかもしれませんし、ときにはユーモアが役立つこともあるでしょう。

愛を求める姿への形式的な答えというものはありません。

それよりも、もしあなたがどんな理由であっても罪悪感を感じるならば、それはあなた自身が愛を求めているということを知っていてください。

そこで、もしあなたが自分自身に対して助けを求めるならば、(奇跡が入り込む)スペースを許可したことになります。

私の場合、しばしば起きることですが、、、弁解ばかりする人へ、私はただ「I love you.」と言います。

どういうわけかそれがすべてを(包含して)通り越していくことになります。

もし、(その人の話の)詳細に入っていって、「あなたに罪はありません」と主張したとしても、それがうまくいくことはありません。

なぜなら、罪悪感は(その人の話の)詳細とはなんの関係もないからです。

そしてあなたが、「あなたは○○だから罪はないのよ」と言うならば、相手は、「いいえ、私には罪があるの。だって、△△だから」と言い返すでしょう。

とにかく、癒しが為されることを認めた上で、喜んで向き合い、感じ、癒すことがすべてです。


質問者:

人々は、本当に自分に罪があると思っています。

私自身は、罪悪感を少しずつ手放し、今は自由で無垢性を感じるようになってきています。

罪悪感を抱えた人々を見るのがとても心苦しく思えて、「そうじゃないのよ。すべて大丈夫なのよ」と伝えたくなります。


Kirsten:

心の中の無垢性に気づいていることは素晴らしいですね。

あなたの心の中のその無垢性は、あなたが何を教えるかに作用します。

ときには無垢性を見失っていき、対称性(二元性)がはっきりと立ち上がって来ることを痛烈に感じることもあります。

しかし、これは一つの段階に過ぎません。

最終的には、あなたの心から十分な無垢性や愛が延長されるところまで癒されていきます。

そのとき誰かが「自分には罪があります」と言ったとしても、愛がそれを洗い流すでしょうし、あなたはそれを実在するものとして見ることもないでしょう。



『True Empathy and Innocence -Holland Clip2- 25 Apr.2017』

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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2017/07/27

真の共感と無垢性 - 前半 -

カースティンさんのトーク音声の翻訳です。


ここでは、「心を開く」とはどういうことなのかが、わかりやすく述べられています。

「自分は何も知らない」というスタンスが本当に大事なんだなとあらためて気づかされます。

後半には、セラピスト、あるいは神の教師としての在り方についても述べられていて、

実践的な内容でとても参考になります。


あらかじめ言っておきますが、

日本語の翻訳に関しては趣味の域ですので、そこのところはどうかご容赦くださいませ。


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デイヴィッド ホフマイスターさんと共に旅をはじめたその年から、私は毎朝ジャーナリング(心に浮かんだことを記録すること)をしていました。

朝、起床し、歯を磨き、コーヒーを淹れ、ペンと紙を持ってカウチに座り、「Good morning, Holy Spirit!」と書き始めるのです。そして、当然のごとく聖霊からの返答を待つのです。

すでに、ワークブック・レッスン49「神の声は、一日中、私に語りかける」を学んでいましたからね。

私が質問すれば答えは返って来るし、話しかければ対話がはじまることを確信していましたし、実際にそうでした。

私は、自分の想いや感情を聖霊に向かってとうとうと述べました。そして、書くという作業をすることで、その返答が、より聞きやすいものとなりました。

もちろん、本当に聖霊からの返答なのかと、疑いを持つ心の声も強くありました。

ときに、書いたものを上からグシャグシャに消したこともありました。

でも、後で読み返してみると、あまりの美しさに涙することもありました。

ジャーナリングもまた、聖霊と直接的なコミュニケーションをとる一つの実践法と言えます。


私は、コースのレッスンをしながらも、「他には?」「何かもっと他にある?」と常に聖霊にたずね質問していました。

聖霊にたずねることを習慣化していったのです。

常に聖霊にたずねるのです。

これはとても重要なことです。

なぜなら、わたしたちが質問をしない時、わたしたちはすでに自分は知っていると考えているからです。

なので、私は、常に心を開いて質問するべきだと認識しています。


癒しに関しても同じことが言えます。

もし私が、なにかについての癒しのプロセスが進み、ある時点で、これで癒しは完了したと思ったとしても、そのままチャンネルを開いておき、「何か他に私が知るべきことはありますか?この癒しのテーマに添った(役立つ)観るべき映画はありますか?どうぞ教えてください」などなど質問するのです。

“聞く”ことを習慣化しているこの(意識の)方向は、あなたのフォーカスを、この世界から聖霊へとシフトすることをもたらしてくれます。


この姿勢は、カウンセリングをする時にもとても役立ちます。

目の前に座る人の話を聞きながら、その人の物語にすっかり心を奪われ、返答することを考え、答えを思案したり、似たような経験話を分かち合おうと思い出したりする代わりに、聖霊に耳を傾ける方向へと自分の(意識の)向きを変えるのです。

それによって、癒しが為されるためのスペースが開き、そこにおいてのみ答えを受け取る準備が整い、分かち合うことができるのです。


「真の共感」というセクション(テキスト第16章.Ⅰ)には、苦しみを超えたところの心の在り方について述べられています。

あなたが、相手を助けようとして問題にとびついてしまう理由は、これまで完全に一歩後ろに退いて聖霊にあなたを通して働いてもらうことをしてこなかったからです。

あなたが、知識的な回答にしろ、あなた自身の経験からくる回答にしろ、常に自分の力で解決しようとしながら、それでどうやって聖霊があなたのために、または他の人のためにも、そこに居ると信頼できるでしょう?


ときには、あなた自身の経験を分かち合うことが助けになることもあります。

しかし、それはどの心から来ているか?それが鍵です。

苦しんでいる人がいるから助けなければと、自分を「(彼を)助ける人」と同一視するのか?

彼が苦しんでいることを現実とし、彼を癒さなければいけないと思うのか?

それとも、祈りを通して自分の心を癒して、真に平安な心から分かち合うのか?

そのようにして、あなたは毎瞬、自分のアイデンティティーを確定しているのです。


後半につづく


『True Empathy and Innocence -Holland Clips2- 25 Apr.2017』より翻訳

ご興味のある方は、下記に音源のリンク先を貼っておきますのでそちらをお聞きください。

https://www.spreaker.com/show/kirsten-buxton_2


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