2018/02/16

<告知> 2/25「ACIMウェブスタディ会」のお知らせ

次回の「ACIMウェブスタディ会」のお知らせです。


この「ACIMウェブスタディ会」は、昨年末から始まったばかりの会です。

内容も進行もまだ手探りの状態ですが、少しづつかたちになってきている感じがします。

参加者のみなさんと一緒にこの会を創り上げられたらと思います。


あくまでもコースは、内なるガイド(聖霊)を自らの教師としていくのが目的です。

それでもコースを日々の中で実践している兄弟の言葉はときに有意義だったりします。

お時間のとれる方はぜひご参加くださいませ。


【2/25 ACIMウェブスタディ会】


■日時:

 ・2018年2月25日(日) 13:30~ (約2時間程度)


■開催形態:

 スカイプ(原則的にビデオ通話)にて行います


■参加費:

 無料


■参加対象者:

 ACIM(奇跡講座・奇跡のコース)を学んでいる方、これから学ぼうと思っている方


■お申込み・お問合せ:

 詳細につきましては、空禾さん(主催者さん)のブログ記事をご覧ください。


IMG_2134.jpg


2018/02/14

<お知らせ>もりGセッションのご案内

プライベートセッションのご案内です。


2018年2月より、

セッションのメニューに「フリートークセッション」のコースを設けました。

どうぞ気楽にお申込みくださいませ。


もりGが提供しているセッションは、コーチングやコンサルティングのように定期的に受けている方も多くおられます。

セッションは、もりGとのフリートークのかたちで始められ、必要に応じては必要なセラピーやワークへと進んでいきますし、最善最適なことが起こっていきます。

セッションは、以下のコースからお選びくださいませ。



フリートーク・セッション New

もりGさんとおしゃべり・お話がしたいと思う方はどうぞ。


■アウェイクニング・セッション

内なるガイド(聖霊)とのコミュニケーションの扉を開いていきます。

内なるガイドとのコミュニケーションを通して、あなたの本当の輝き(内なる光/真我/キリスト)を思い出していくことになるでしょう。


■サイコセラピー・セッション

心理カウンセリングとスピリチュアルサイコセラピーによって、無意識の感情、記憶、想念、信念などを解放しながら絡まった心を解きほぐしていきます。

癒しは、あなたに気づきと解放をもたらし、心はより自由な視野へと広がっていくことになるでしょう。



▶ プライベートセッションのコース・料金およびお申込方法

▶ セッションの体験談・感想

▶ セッションルームへのアクセス

▶ セラピスト紹介

▶ お問合せ


IMG_2151.jpg


2018/02/07

役割

この世界を眺めるとき、聖霊の視点から見るのと、自我の視点から見るのとでは、その心の状態も体験していく世界も大きなちがいがあります。


聖霊の視点から見るとき、だれもがそれぞれの役割を持って生まれてきていることがわかります。

わたしたちは互いにその役割を果たしながら神(目覚め)へと向かっているといえます。

ただし、自我(エゴ)の視点からは、そのようには見えていません。

なにせ、自我は、この世界でいかにこの身体を護っていくか、いかに得ていくかにしか心が向いていません。


ただ、聖霊は、その自我を使ってわたしたちを神(目覚め)のほうへと導いてくれています。

そして、その神の計画のもとに聖霊はわたしたち一人ひとりにその役割を与えてくれています。


だれもにこの世に生きている役割があります。

ただし、わたしたちは、自分でその役割を知ることは出来ません。

わたしたちは、自分が知覚しているもの(見ているもの、こと)について、なにもわかっていないし、わかることなどできないのです。

だからこそ、内なる衝動だったり、ワクワクだったり、本当の自分の心(気持ち)に従って導いてもらうほかないのです。


役割は、目に見える形態のレベルでのことを云っているのではありません。

それはどこで何をしていようと、どんなことをしていようと関係ありません。

形態のレベルで何をしているか、何かを成したかというものではありません。

むしろ、そういう形態のレベルにおいては、聖霊にゆだねてサレンダーしていくことのほうが、その役割を果たしていくことになります。

そのとき、歓び(Joy)と幸福感(Happiness)がわたしたちの心を満たしていくでしょう。

そして、歓び(Joy)と幸福感(Happiness)でいることがわたしたちの役割なのだということがわかるでしょう。


IMG_2508.jpg


2018/02/05

我が心のイエス

聖霊の導きによって、

ジーザス(イエス)のプレゼンス(存在)をより身近に感じるようになってきています。


ジーザスは、生きています。

ジーザスは、いまここに生きています。

ジーザスは、私の中に生きています。

ジーザスは、誰もの中に生き続けています。


それはキリストと呼んでもいいのかもしれませんが、この私にとって、

かつてこの地上に生きたジーザスのほうがよりシンボルとして身近に感じることが出来ます。


ジーザスと共に居るとき、私はすべてを持っています。

ジーザスなしでは、私は、無、でしかありません。


生きる意味を求めて、25歳の時から私の真理探究の旅がはじまりました。

これまでスピリチュアルの旅の中で私もさまざまな次元のエネルギーに触れてきましたが、

ジーザスのプレゼンス(存在)のエネルギーは、この上ない清らかさと心地良さを覚えます。


目を閉じて、今この瞬間へと入っていくとき、それは顕現します。


安らぎ。

静寂。

安心感。

愛。


それは、なんともいいようのない居心地の良さです。

そのしっくり感は、あまりにも自然としか言いようがありません。


ジーザスのプレゼンス。

それは私をこの世のすべてから解き放ち、

目の前に見ている世界を忘れてしまうほど、今この瞬間へと誘ってくれます。


ジーザスのプレゼンス(存在)を感じるとき、もうことばはいらない。


ことばを求めることよりも、答えを求めることよりも、

ただジーザスのプレゼンスに触れていることのほうがよほど重要なのだと感じます。


もうことばも、答えを求めることもいらない。

学びすらもいらないのだと気づきます。

なにもいらない。

むしろ、このために自分はスピリチュアルの探究の名のもとに学んできたのだと気づきます。


ジーザスのプレゼンスに触れているだけでいい。


それは、ある意味祈りにちかいものがあります。

それは、信仰心ともいえます。

それで十分なのだと私は気づきます。


この地上における人類の歴史の中で信仰心と呼ばれたものは、

このようにして神のもとに還るためのものだったと。

そして、信仰心によってこの時間と空間を超えて神のもとへと還った存在たちもいたのだと、

今ではわかる気がします。


IMG_2515.jpg


2018/02/04

否定することなく

今日は、立春です。

一新した流れがはじまる日だともいえます。

今日の福岡の空は、朝から雪が舞っております。

ときには晴れ間もみせながら雪が降っております。

今日は、一日中降り続けると思われます。


IMG_2510.jpg


どうにかして人生をコントロールしようという気がない自分に気づきます。

人生をどうにかしようという気が起こりません。


なにかしたいことがあるわけでもない。

だからといって、なにかしなきゃいけないというわけでもない。

どうしようもありません。


もう、どうのこうのできるものでもないとわかっているところもあります。


それでも、自我(エゴ)はこうささやいてきます。


「そんなんじゃ、ヤバイよ。ダメだよ。

そんなんじゃ、どんでもないことになるよ。生きていけなくなるよ。

これからどうするんだよ。

この世界に希望をさがそうよ。さがしにいこうよ。」


不安や怖れとともに、そういう想いも湧き起こってきます。

そして、もっとこうしたらいい、ああしたらいいという想いも湧きますが、

それでも行動に移るほどの衝動までには至りません。

たとえ、それらの想いに従ったとしても、うまくいかないこともわかります。

なぜなら、もう本当の自分の心をごまかすことはできないからです。

そうしたとしても、これまでの繰り返しだということがわかります。

それは、ただ時間の先延ばしをしているだけのような気がします。


この自分を、この身体を、行動に駆り立てるものがない、といった状態なのです。

それでも自我と聖霊の両方の間で、私の心は行ったり来たりしながら揺れ動いています。


この世界を放棄していくほうへと私の心は導かれていっているように思われます。

ホーリースピリット(聖霊)がそっちへと誘っているように感じます。

よりジーザス(イエス)のプレゼンス(存在)を感じる時間が増していっています。


もう引き返せないと感じています。

この道を前に進むしかないという気持ちです。


自我と聖霊との心の葛藤はまだまだ続いておりますが、

それもまた一つ一つ否定することなく、ただ流れにまかせて従っていくしかありません。