2017/04/08

お釈迦さまからの祝福

お釈迦さまの誕生日の日にちなんで、聖霊からのメッセージです。


いつのときも安心してていいのです。

あなたは、いつのときも護られています。

あなたは、このいまも護られています。


たとえていうなら、

崖っぷちにぶら下がった状態で、その手を離したらまっさかさまに下に落ちてしまうと思って、

必死になって落っこちないようにしがみついて抵抗しているのがあなたで、

本当は、そのすぐ下にはお釈迦さまが両手の掌を広げて、

あなたがその手を放して身を任せるのをいつでも構えて待っていてくれています。


たとえあなたが落っこちたとしても、お釈迦さまの掌の上に着地するだけなのです。

たとえそこが底なしの闇のようにみえても、やっぱりそこはお釈迦さまの掌の上なのです。

むしろ、お釈迦さまの掌の上の方が、居心地がいいに決まっているのです。


あなたは、すでに、そしてこのいまも護られています。

自分は護られていると認めて、抵抗することを放棄してください。


あなたは、もう自分の手で、自分の力で、自分を護っていく必要がないのです。

その身を護ろうとしてきたすべての防御をここに置いていきなさい。

自分はもうなにも必要ないのだと知りなさい。

しがみついていたその手を放して、神の加護の中にその身をゆだねてゆきなさい。


お釈迦さまの愛のもとに、このメッセージは必要な人へと届けられるでしょう。


IMG_2259.jpg


2017/04/06

セラピーというものについて今想うこと

心理セラピストとしての私からみると、

人と関わること自体がセラピーのように思えます。

もっと言えば、この世界と関わること自体がセラピーなのだと思うのです。


なぜなら、自分の一部である他者によって自己は救済されていっているといえるからです。

本来は、他者などいなくて、すべては自分が自分にしていることではあるのですが、

それこそがこの世界のしくみというものであり、

わたしたちがこの世界に生きているゆえんなのだといえます。


わたしたちは、癒されるためにこの世界に生きているのであり、

癒される必要がなければ、もうこの世界を必要としなくなるでしょう。


話を戻せば、生きている人生そのものがセラピーであるからして、

あえてセラピーという形態をとる必要もなく、

もはやセラピーというものすら必要ないとさえ思うのです。


だれもが、それぞれの人生を通してそれぞれのペースで神の元(源)に帰ろうとしている、、、


そこからみるとき、この自分はいったい何をしているのだろう?とさえ思えます。

セラピーとは、いったい何をしているのだろうか?


それは、他のあらゆることに対しても同じことが言えるかもしれません。

本来必要のないものをあえて意味ありげにそこに必要性をもたらして、

それをあたかも価値あることかのようにしてきたのがこの世界であると。


本来は、もっとシンプルなのだと思います。

本来は、もっとシンプルでいいのだと思います。


そういう意味でいえば、こんなことを言っていいのかわかりませんが、

心理セラピストとしての私にとっては、もうすることがないようにも思えるのです。


もし、することがあるとするならば、

ただ心を静かにして、ただ心を穏やかに、

この世界のそのままをゆるして、

この世界のあるがままを祝福して、

内なる神の平安の中に佇んでいることだけではないだろうかと思うのです。


IMG_2137.jpg


2017/04/05

街角に見かける春の花々

今年の春は、若干の遅めといった具合で、

四月になってもまだしばらく寒い日も続いておりましたが、

ここ最近になってようやく春の陽気が感じられる気候になって来ました。


IMG_2227.jpg


春の訪れは、あちらこちらでその気配を感じることが出来ます。


IMG_2221.jpg


何気なく街角で見かける花の色鮮やかさといいましょうか、

その一つ一つが私の心をときめかせてくれます。


IMG_2250.jpg


それで、つい思わずカメラに収めてしまたい気持ちになってしまいます。


IMG_2263.jpg


九州の福岡の桜(ソメイヨシノ)は、いま五分咲きといったところでしょうか。


街角に見かける春の花々。

私の視覚に入って来るその色彩が、私の心を豊かにしてくれます。

まるで、私の心を真新しくしてくれているようで、

それは、新しい流れ、新たな門出を祝福してくれているかのようでもあります。


この祝福があなたにも届きますように。


2017/04/02

自分の身に起きていることのすべてを信頼していく

先月の春分の日に茅ヶ崎グループセッションを開催しました。
そこに参加された方々で、お二方の感想・体験談をご紹介します。

それぞれのプロセスで意識の変容を体験していっておられるのがわかります。

エゴ(自我)が解体されていくプロセスにおいては、
心の奥底の闇の部分が浮き彫りになるようなことが起きていきます。
それは、これまでずっと無意識の中にしまっておいたものを意識化するために、
現象や他人や自分の身体に投影されるというかたちで起きてきます。
いわゆる、エゴからしてみれば、それは決して良しとはされないものです。

とはいえ、それらは浄化、解放、アライメントなどのプロセスであり、
それぞれのかたちで起きているにしかすぎないというふうに捉えることが出来ると思います。
そして、自分の身に起きていることのすべてを信頼していくことが、
何よりも大事なのだということにあらためて気づかされます。

興味のある方はどうぞご覧ください。

・・・・・・・・・・・・

・一人の方は、ご自身のブログで公開されています。ともえさんの記事は、こちらです。

・もう一人の方は、以下に、ご本人の了承のもとに紹介させていただきます。

昨日(茅ヶ崎グループセッション)は大変お世話になりました。
昨日は自宅に帰ったとたん、また新たに感情を乱す連絡が来ていました(笑)。
出来事が笑ってしまうぐらいに加速して起こってきています。もう、どこに向かっているのか予想できず、お任せするしかないですね。
自分の受け入れ態勢が整うのことによって出来事として見せてくれているのが良くわかります。
今、色々な選択を迫られることが多くなってきています。選択肢を選ぶにあたって、エゴの声なのか魂の声なのかを自分の中で考えてしまい選択を先延ばしにすることも多くありました。
今回のセッションで何を選んでも結局はOKだと言われたことで今後、楽に選択できるようになる気がしています。
よく考えると、自分の選択自体が起こるべくして選択してしまうものですからね。
今回のセッションで色々な自分を参加者に中に見ることができました。このような視点は1年前には考えもつかなかったことであり、自分なりに進化してきているのだな~と感慨深かったです。
(栃木 男性)


2017/03/31

この静けさを大切に

数年ほど前から何度かに渡って私のセッションを受けてこられたAさんと、

先日の茅ヶ崎イベントのプライベートセッションで再びお会いしました。

そのときの感想と言いましょうか、お礼とご報告のメールをAさんからいただきました。


これまでAさんとセッションを繰り返しながら、

そのAさんが自らを癒し、解放し、心の内側が整理されていき、

より身軽になっていくのを、私もセッションを施す側として見てきました。

その変化の様は、まさに私自身の変化とも捉えることができると思います。

なぜなら、私自身の身においてもこれまでずっと自らの心の闇の部分と向き合いながら

自分の内側を整理してきたわけですが、自分がより身軽になっていくにしたがって、

セッションのその中味も大きく変わってきたからです。

そのことがAさんのメールから読みとれます。


>わたしのベースにある、この静けさを大切に。


そして今、それを生きはじめられたAさんのその姿は、

今の私自身の姿を映し出してくれているようでもあります。

Aさんを通して聖霊は私に、「それを生きなさい。その道を進みなさい」

と、その生き方、在り方の大切さを教えてくれているように感じます。


聖霊、そしてAさんも含めたご縁のあった兄弟姉妹に感謝の意を込めて、

ご本人の了解のもとに、Aさんからのメールをそのまま公開させていただきます。

ありがとうございます。


・・・・・・・・・・・・・


もりGさま


まだまだ寒い日がありますが、季節は確実に春本番に向かっていますね。
もりGさんはいかがおすごしでしょうか?
茅ヶ崎セッションにてお世話になりましたAです。

セッション後、とてもうれしい変化がありまして
そのご報告がしたく、メールさせていただいております。

もりGさんのセッションは何度か体験しておりますが、
今回のセッションはいつになく静かでおだやかなものでした。
ときにクスッと笑ってしまうような、
くつろぎの時間をもりGさんと共有させていただきまして、

「わたしには何もわかりようがないけれど、
でもたしかに、わたしはいつでも祝福されているし、大丈夫なんだ」

そんな心境になりました。

セッション後の一週間は、いろいろと心揺れることを体験して
寝込んだり、恐れおののいたりする日もありましたが
状況がどうであれ、わたしの奥の奥の部分には「祝福」や「大丈夫」が存在していました。
そのことが、ほんとうにうれしいのです。

もりGさんに初めてお目にかかったときは、
それはもう劇的でドラマチックな浄化の体験をしたのですが
それから数年たち、私自身の整理も進み、必要なモノも変わったのかもしれませんね。

今まで価値を置いてこなかった、静けさの中にこそ
わたしが探し求めてきたものはずっと存在していたのです。
そのことに気づかせていただくセッションだったなと思います。

ドラマチックで劇的なものには、もうあまり興味がありません。
わたしのベースにある、この静けさを大切に。
できればそれを体現していけたら、なんて幸せなんだろうと今は思います。

いつかこの静けさともさよならするときがくるのかもしれないけれ
それまで、この世界で生きることを楽しみます。

こんな心境になる日が来るとは。
もりGさんには ありがとう の気持ちでいっぱいです。

まだまだ道半ばですし、これからどんな道を歩むのかもまったく見当がつきませんが
またもりGさんにお目にかかれたら幸いに思います。
福岡にもいつかまた遊びに伺えたらいいなあ・・^^

長々と感想を失礼いたしました。
おつきあいくださりありがとうございます。

感謝を込めて。
ありがとうございました。

(東京 女性)